16人が本棚に入れています
本棚に追加
「茉莉。俺は」
茉莉が泣きそうに眉根を寄せ、俺を見上げた。
「定期券、誰のだった?」
茉莉が尋ねる。茉莉はわかっていた。間違えていたのは俺だったのだ。
「……俺は、誰だ?」
「彗よ。川畑彗」
「彗は死んだはずだ」
「亡くなったのは昴太よ」
「子供を庇って、事故で」
「子供じゃないわ。あなたを庇ったのよ」
「……」
俺はその場に崩れ落ちた。
昴太は死んだ。
俺が守ってやれなかった。
「彗。昴太は彗が生きるために守ったのよ。代わりになってもらうためじゃないよ」
茉莉がかたわらに膝をつく。俺の手を握り、俺は茉莉の温もりにすがりつくように強く握り返した。
歩道に突っ込んできた車。それを遮るように必死な表情の昴太が目の前に立ち塞がった。俺は突き飛ばされ、アスファルトに転がった。爆発のような大きな音がした。目を開けたときに昴太は近くにいなかった。驚き立ち止まる人々の視線の先にフロントのひしゃげた車。その向こうに駆け寄る人の姿があった。昴太はそこにいた。お前、ずっと一緒にいるって言ったじゃないか。守るのは俺のはずだったんじゃないか。昴太は答えなかった。誰も答えてはくれなかった。
俺は茉莉の手を握り続けた。
俺の中で生きていた昴太が遠のいていく。
いつか一緒にいるような気持ちになれるだろうか。
天使がラッパを吹いている。
神々しい輝きが降り注いでいる。
俺はいま、生きている。
最初のコメントを投稿しよう!