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「それでは、お話ししましょう。私がこの仮面をつけている理由を。少し、長い話になりますけど……大丈夫ですか?」 「ああ、構わないよ」  背後では、陽気な音楽に合わせて生徒たちが踊っている。  ベルタはそんな彼らとは対称的に、声のトーンを落として語り始めた。 「私は貴族でもなんでもない、ごく一般的な家庭に生まれ育ちました。平民である私がエクレール魔法学園に通うことができたのは、過去に聖女として覚醒したからなんです。ヒューゴ様も、それはご存知ですよね」 「当時、まだ小さかったけれど大ニュースになったのを覚えているよ。確か、七歳の時に聖女の力が発現したんだっけ……」 「ええ。……覚醒した翌日、王都の教会の大神官様が『託宣が下った』と大慌てで家を訪ねてきた時のことは今でもはっきりと覚えています。両親は大喜びしていました。神様に聖女として選ばれることは、とても名誉なことなのだと──当時、まだその凄さを理解できていない幼い私に熱心に説明してくれました」  そう言って、ベルタは遠い目をしながら夜空を見上げる。その横顔は、どこか寂しげだった。 「それから間もなくして、私は王都の教会に聖女見習いとして勤めることになりました。学校に行きながらだったので両立が大変でしたが、その頃には既に私も聖女の自覚が生まれていたので、それを苦に思ったことはありませんでした」  なるほど。きっと、ベルタは神に選ばれた特別な存在として日頃から意識を高く持っていたのだろう。  ヒューゴは感心すると、再びベルタの話に聞き入った。 「教会に勤めて三年ほど経った頃のことでした。教会に、私が王太子殿下の──シャルル様の婚約者に選ばれたという知らせが届きました。それからというものの、私は聖女見習いとしての修行だけではなく未来の王妃としての教養も身につけるようになりました。当時の私は、とにかく必死でした。『せっかくシャルル様の婚約者に選ばれたのだから、頑張らないと。シャルル様の隣に立っても恥ずかしくない淑女にならないと』って……毎日、そんなことばかり考えていました」 「凄い努力家なんだね、君は。僕だったら、きっと途中で音を上げていたと思うよ」 「ふふっ、ありがとうございます。自分で言うのもなんですが、私、結構真面目なんですよ。だから、手を抜くことができなくて……」  ヒューゴが褒めると、ベルタは気恥ずかしそうに笑った。 「シャルル王太子殿下と顔合わせをしてから、私の聖女としての自覚はますます高まりました。だから、私はそれまで以上に努力を重ねるようになったんです。殿下への憧れもあったお陰かもしれませんが、私の聖女としての力は日に日に強くなっていきました。でも──」  突然、ベルタの声音が低くなる。 「ある少女が現れたことで、私の努力は全て水の泡になりました」 「どういうことだ? もしかして、君が聖女の力を失ったのと何か関係あるのかい?」 「ああ、そっか。そうでしたね。世間では、そういうことになっているんでしたっけ。……私、本当は力を失ってなんかいないんですよ。ヒューゴ様」 「え……?」  自分の認識とベルタの話に食い違いがあることに、ヒューゴは激しく動揺した。 「あの異世界から来たナツミという少女──彼女が真の聖女として認められたから、私は捨てられたんです。つまり、お役御免になったというわけですね。でも、まあ……そうなったのも当然かもしれません。だって、彼女、私なんかとは比べ物にならないほど強大な魔力を持っているんですもの。ええと……なんでしたっけ。確か、チートでしたっけ。彼女が元いた世界では、あの力のことをそう呼んでいると聞きましたけれど」 「真の聖女って……」  ヒューゴは首を傾げる。聖女とは本来、神の思し召しによって決まるものだ。  人間たちが、自分たちの都合でころころ変えていいものではない。 「それを彼女が得意げに語り始めた時は、流石に腸が煮えくり返りました。『この世界に転移した時に、何故かすごい力を授かっちゃったみたいで。なんか、色々奪うような形になっちゃって本当にごめんね』と。……本当に申し訳ないと思っているなら、わざわざそんなことを本人の目の前で言わなくてもいいのに」 「ナツミって、王太子殿下の現婚約者のことかい? ということは、彼女が異世界から来た人間だという話は本当だったのか……?」 「ええ」  ヒューゴの問いかけに対して、ベルタはゆっくり頷く。
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