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「きゃああああああああああ!!」 「な、なんだ!? うわああああああああ!!」  瞬く間に、会場内は阿鼻叫喚の嵐となる。何事かと思い、ヒューゴは目を見張った。  すると、一人の女子生徒が王太子とナツミを指さして言った。 「あ……あ……王太子殿下とナツミ様の顔が……!!」  どうやら、彼女は二人の近くにいたため、一部始終を目撃していたようだ。  混乱の中、ヒューゴは中に入って王太子とナツミの状況を確認する。  二人は、どういうわけかその場でうずくまっているようだった。床には、彼らが落としたと思しきグラスの破片が散らばっている。 「い、痛い……顔が焼けるように痛い……誰か、助け……」 「あ……あぁ……私の……顔……どうなって……るの……?」  二人は両手で顔を覆いながら、床を転げ回って悶え苦しんでいる。  ふとヒューゴがベルタのほうに視線を戻すと──なんと、彼女は仮面を外していた。  だが、その素顔はベルタが言っていたように醜くはなく、むしろ美しいと言っても過言ではないほどだった。  その美貌に、どこか冷酷さを感じる笑顔がよく似合っている。 「ベルタ……?」  バルコニーに戻ったヒューゴは、恐る恐る彼女の名を呼ぶ。 「何やら、中が騒がしいですね。一体何があったんでしょう?」 「ああ、その……王太子殿下とナツミ様が倒れていたよ。僕も、何が起こったのかはよくわからなかったけど……」 「へぇ……そうなんですね」  ベルタは動揺する素振りすら見せずにそう返した。 「あの、ヒューゴ様。話を戻しますけれど……さっきの話は信じなくていいですよ」 「え?」 「この通り、私の顔はなんともありませんから」 「で、でも……」 「『実は全部作り話でした』と言ったとしても、誰も真偽を確認する術はありません。何故なら、私はこの三年間ずっと人前では仮面をつけていて誰にも素顔を見せたことがないのですから」  そう言って、ベルタはにっこり微笑む。  ベルタが語った過去。顔を手で覆いながらうずくまる王太子とナツミ。床に散らばるグラスの破片。  ──二人の身に何が起こったのかは、普段は鈍感なヒューゴでも想像にかたくなかった。 「もしかしたら、お二人は毒でも盛られたのかもしれませんね。お可哀想に」  パニックに陥っている生徒たちを遠巻きにして眺めながら、ベルタはそう言った。  いや、二人の飲み物に混入していたのは毒物ではない。  恐らく、彼女の── 「ああ……そうかもしれないな。本当に、大変なことになったね」  ヒューゴは、ほぼ棒読みでベルタと同じように表向きだけは二人の身に降り掛かった災難に同情する。  本来ならば、ベルタを咎めるべきなのかもしれない。けれど、ヒューゴは彼女を責める気にはなれなかった。  何故なら、仮に自分が彼女と同じ立場だったとしても、きっと同じように報復を望んだだろうから。  恐らく、王室は──いや、この国はもう終わりだ。  あんな状態でナツミが今後まともに聖女の代わりを務められるとは到底思えないし、ベルタもたとえ謝罪を受けたとしても絶対に力を貸さないからだ。  今なら、なぜ神が被害者であるベルタに罰を与えたのかわかる気がする。  神は見抜いていたのだ。そう、聖女ベルタの心の中に存在する『闇』の部分を。  聖女たるもの、たとえどんな理不尽な目に遭ったとしても人を憎んではならない。きっと、そのルールを破ったからベルタは罰を受けたのだろう。  だが、結果的にベルタはその罰を一時的に受けるだけで済んでしまった。逃げ道が残されていただけではなく、復讐の手段すら与えられたのは神のご慈悲か、あるいは何か意図があったのか──ヒューゴには知る由もない。 「こんな時に言うのもなんだけど……もしよかったら、僕と一緒に踊らないかい?」 「……ええ、喜んで。ヒューゴ様と踊れるなんて光栄ですわ」  ベルタは恭しくスカートの裾を両手で摘んで頭を下げると、嬉しそうに差し出されたヒューゴの手を取った。  満天の星の下で見る彼女の緋色の瞳は、一段と美しい。 (ああ、そうか……僕はこの目にずっと魅了されていたのか)  それがベルタの持つ聖女の能力のうちの一つなのか、それとも純粋に恋心から来るものなのかはわからない。  しかし、たとえ能力による魅了だったとしても、ヒューゴは不思議と悪い気はしなかった。  ヒューゴとベルタは、生徒たちの悲鳴に合わせて夢中で踊り続ける。  そう、まるで陽気な音楽に合わせて踊るかのように。
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