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信号が青になると、女子高生たちは、悪いことをして先生から逃げるような騒ぎで走り去った。
「だから言ったじゃん! ハルがこんな街中で女と歩いているわけないって!」
伶に聞こえるように、わざと大声で言い訳しているようだった。
「ハルって誰? 有名人なの?」
交差点を渡りながら伶が尋ねると、連れの女は「知らないの?!」と驚いた。どうやら最近人気のあるアイドルらしい。伶には全く興味がない分野だ。
「伶君って、本当にバンドのことしか関心がないのね。IF5(アイエフ・ファイブ)のハル。樫村美咲の息子だよ。ほら、自殺しちゃったミュージシャン、桐生純也だっけ? 彼との間にできた子だよ。そういえば、伶君、ハルに似てるかも」
女優・樫村美咲とロック歌手・桐生純也の息子。
その言葉に伶は足を止めた。青信号点灯中のメロディーも行きかう人々の喧騒も消えた。
「どうかしたの?」と聞かれても言葉が出なかった。青信号が点滅し始め、速まる人波に急かされた。
心拍が上がるのがわかる。その男がどんな奴なのか、すぐに確認したくなった。居てもたってもいられなかった。
「ごめん、ちょっと急用を思い出した」
戸惑う女に丁重に謝って、駅に向かって走った。それ以上、女を気遣ってやる余裕はなかった。無意識に家路を急いだ。
樫村美咲と桐生純也の息子。それは、伶の異母弟であることを意味していた。
桐生純也の死後、樫村美咲が彼の子どもを出産したことは知られていたが、その子が表に出てきたことはなかった。性別も名前も公表されなかった。
非公表だった内縁の妻の子である自分とその子とは、お互いの目に触れないところで生き、永遠に干渉しない存在だと伶は漠然と信じてきた。
逸る気持ちを抑えてターミナル駅の雑踏を潜り抜け、タイミングよく来た山手線に乗った。ドアに寄りかかってスマホを取り出し、『IF5 ハル』と検索した。
次々と出てくるハルの画像に伶は目を見張った。
中性的で端正な顔立ちは純也と重なる。鼻筋や顎のライン、口元は純也とも自分とも似ていると思った。帽子を深く被った伶を女子高生たちが見間違えたのも理解できた。
でも、ハルの目は純也と伶よりも黒目が大きく優しい印象だ。笑った時の眉や目じりの下がり方は美咲譲りのようだ。美咲の面影がある「あざとい笑顔」に嫌悪感を覚えた。
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