1.捨てられた子 【伶】

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 アイドルだなんて、と見下してやりたかったが、伶の知らない世界でハルは確実に成功しているようだった。IF5はすでに武道館でのライブチケットを売り切れるグループらしい。  切れの良いハイレベルのダンスパフォーマンスと高い歌唱力が評価されていた。あどけなさや伸び代を感じさせるメンバーを含むようなグループとは一線を画しているようだった。  親しみやすさで勝負するような二流のルックスも美容整形を思わせるサイボーグ顔もいない。五人が五人とも美しく、洗練されていて、単独売りでも十分通用する逸材揃いだ。  ハルが満面の笑顔でインタビューに答えている記事があった。 「父も立った武道館の舞台に立てるなんて感無量です。でももっと高い目標があります。父が果たせなかったドームツアーが僕の夢なんです」  公の場で、ハルは桐生純也の息子であると認められていた。母と自分から純也を奪った美咲。純也の息子だと世間で認められているハル。「桐生純也の忘れ形見」と触れ込んでいる記事も多かった。  伶はそれが許せなかった。  アイドルとして成功していることなんてことはどうでもよかった。怒りでスマホを握る手が震えた。  20数年前、まだ若く前途洋々であったロックバンドGradersのボーカル桐生純也に内縁の妻と息子・伶がいたことは世間には伏せられていた。  その事実を知っているのはごく一部の関係者だけだった。彼らは、純也がロックスターという華やかな世界の裏で、内縁の妻と子を愛し、陰ながら幸せな家庭を築いていることを認め、見守っていた。  しかし、ある冬の夜、純也は樫村美咲の自宅マンションのバルコニーから転落死した。  事故なのか、自殺なのか、他殺なのかと世間は騒いだが、警察の調査と美咲の証言によって自死と見なされた。美咲は妊娠していた。涙の記者会見は伝説となった。  伶の母は伶の平穏な生活を望んで、純也の死後も身を潜めることを選んだ。事務所が匿う努力をした結果でもあるが、マスコミは人気女優だった樫村美咲を追うことに必死で、純也の私生活を明るみにすることはできなかった。 (俺は、捨てられた子、なんだ)  伶は久しぶりにその事実を思い出した。
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