2. ミリオンズ:百万人の恋人たち 【陽人】

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2. ミリオンズ:百万人の恋人たち 【陽人】

 一万個のペンライトが、夜空いっぱいに広がる星のように、輝いている。  憧れの父も立った日本武道館のステージの真ん中に陽人は立っていた。観客の明るい歌声が響いていた。 Happy birthday dear ハル! Happy birthday to you!  5人組アイドルグループIF5(アイエフ・ファイブ)の『ハル』として、陽人は仲間に囲まれスポットライトを浴びている。  20歳の誕生日を武道館2Daysの最終日に迎えた。  アンコールが終わると、観客たちは申し合わせたように一斉に歌い出し、『ハル』の誕生日を祝った。他の4人のメンバーたちもマイクを通して歌っている。あえて地声で歌うことで、プライベート感が出ている。予期せぬサプライズだ。誰もが祝福に満ちた笑顔で陽人を見ていた。 「ありがとう。ありがとうございます」  そう言うのが精一杯だった。マイクを握る右手に力が入る。陽人の涙腺が弱いことは、メンバーもファンもよく知っている。左手で目頭を押さえると「ハル泣かないでー」と客席が沸いた。こんなふうに誕生日を祝われる日がくるなんて。もう自分の人生などどうなってもいいと思っていた4年前には想像もしなかった。  IF5のファンの愛称はGF millionsとされていた。「何百万もの恋人」を意味しており、ミリオンズと呼ばれていた。ミリオンズの恋人の『ハル』として愛されていることを陽人はこの上なく幸せに感じていた。  会場がステージと同じだけ明るくなり、客席の様子が浮かび上がる。メンバーの顔写真がプリントされた大振りのうちわやメッセージがかかれたボードがはっきりと見える。そのグループがどんなコンセプトで打ち出されていようと、アイドルのコンサート会場の雰囲気は典型から逸脱しないのだ。  ステージで強い照明を当てられている時にはよく見えなかった、客席の風景と熱狂に圧倒された。1万の小さな顔の海が目の前に広がっている。点の集合体のようにしか見えない。それでも、一人一人に目を配っていると「見える」ように、できるだけ会場全体を見渡して手を振った。陽人が顔の向きを変えるだけで、ミリオンズは歓声をあげてくれる。    その時だった。 (何?)  陽人は、かつて感じたことのない不思議な感覚を覚えた。
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