1.捨てられた子 【伶】

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1.捨てられた子 【伶】

 西日が眩しい初夏の夕方だった。  江崎伶は大学からさほど離れていないところにある大きな交差点で信号を待っていた。都内でも有数の複差路だ。  隣には女がいた。他大との合同ライブイベントで最近知り合ったばかりの女で、近隣の女子大に通っていると言っていた。二人で会うのは二度目だった。いろいろと自己紹介していたようだが、伶はほとんど覚えていない。微乳だが顔は可愛い。気が向いたのでラブホに誘ってみたら簡単に合意してついてきた。  女たちにとって、それが一つの儀式なのか、みんな一度寝ると急に「カノジョ」に昇格したような振る舞いをする。昼に会ったときはただ肩を並べて歩いていたのに、今は手の指を絡めるように伶の手を握り、反対側の手を巻き付けて身体を密着してくる。  駅の反対側には大学がある。知り合い、特に女の子に見られると面倒だ。伶は被っていた黒いキャップのつばを心持ち下げた。  暑さを言い訳にさりげなく握られた手を解こうした時、少し離れたところからセーラー服の女子高生が3人、伶たちを観察していることに気づいた。 「やっぱそうだよ。絶対そうだよ」  「うそでしょ、ヤバくない?」 「いやー、ありえないって!」  女子高生たちは興奮気味で声が大きく、話が丸聞こえだった。その様子に信号待ちの人々が反応し、関心のない振りをしながらも何度もこちらをチラ見する。  女の甘え方を見てバカップル認定されたようで不愉快だった。伶は女に「ちょっとゴメン」と断って離れると、女子高生たちのほうに近づいた。 「やばい、こっち来るよ!」 「えー! どうしよう」  女子高生たちは怖がるかと思いきや、身体を寄せ合って縦揺れし、どう見ても盛り上がっている。感じ悪いじゃないか、と怒ろうかと思ったが、万が一、妹の友達だったり、自分のバンドのライブ客だったりしたらまずい。伶は大人な対応をしようと自分に言い聞かせて女子高生たちに歩み寄った。キャップを脱いで前髪を整えた。 「君たちさ、もしかして、俺のこと知ってる子たちなのかな?」  出来るだけ優しい声で尋ねたつもりだったが、怖い顔だったかもしれない。小柄な子が「あ」と言って口に手をやった。女子高生たちは突然電池切れになったおもちゃの人形のように口を開けたまま動きをとめた。 「す、すみません! 人違いでした」  背の高い子が深々と頭を下げ、あとの2人もそれに続いた。
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