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星降る夜に
星が降る夜に。
私はあなたを想います。
私が幼い頃に亡くなってしまった、私の母を。
三本あるマッチをひとつ、擦ってみる。
煉瓦でできた家々が神秘的な明るさに包まれている様子が見えた。
羨ましい、と心から思った。
私には親族がおらず、パーティのようなたくさんの人と行う行事など一回たりともしたことがないから。
不倫に走った元父は、馬車にはねられて、他界してしまった。そのせいで日に日に弱っていった私の母は、衰弱死してしまった。
ショックから食事にも満足に手がつけられずに、毎回の食事ごとに嘔吐を繰り返す母をみて、泣きそうになってしまったのを今でも昨日のことのように思い出せる。
そこから天涯孤独になってしまい、どうしようもなく血のつながらないおばさんに拾ってもらったものの、人らしい扱いは皆無でまるで家畜のように雑な扱いをされた。
この夜、私はついに家を追い出され、
行く当てもなく彷徨い続けている終いだ。
ボロボロの布に、裸足。
私のように、こんな不格好で痛々しい姿をしている人は他に見かけない。
十二月の後半、この聖なる夜になんて酷い格好だろうか、とひそひそ声が聞こえているような気がした。
途方もなく歩き続けた足を休めるために、私は古い家の階段にそっと、腰をかける。
どんなときも寒さは容赦というものを知らずに、私を芯まで凍えさせた。
手は凍りつき、鼻を通る凍てついた空気は奥につん、としみた。ぼんやりと、母とクリスマスを過ごしたかったなあと思う。
二本目のマッチを擦る。次に出てきたのは雪景色。しんしんと音を吸い込みふり続ける白雪の激しさ。
風情があるもののはずだが、雪の儚い美しさなど今の私には微塵も理解できなかった。私を凍えさせる根本的な原因だからか。
暫く眺めていると氷の上で私と母が踊っている様子が見えた。かなり大きめな池で相当に硬く厚く凍っているように見える。
この地は数ある国の中、有数の寒冷地だからというのが理由に挙げられる。そんなこんな考えていたら幻想は消えて、景色は元の白い背景に戻ってしまった。
三本目のマッチを擦る。最後の一本。
これが消えたら私の希望は消えてしまうだろう。
他に火をつける道具はないし、
助けを乞うにも頼れる人がいない。
さっきから道をゆく通行人に尋ねるが誰一人として返答をしない。凍えている少女を助ける者は一人もいなかった。
どうやら聖なる夜のことで頭がいっぱいらしい。
目は閉じかけ、震える手はマッチの火によって多少緩和された。
一番求めていた、幻の家庭。
私、母、父の三人でささやかなクリスマス・パーティを開いている様子。
父は不倫なんかしないで、母は今も元気に生きてて、私は幸せに生きてて___。
七面鳥をナイフで丁寧に切り分ける母。クリスマスツリーの下にはプレゼントが、山ほど。
父はカシューナッツのスープを掬い、取り分けている。小さい幸せかもしれないけど、両親の愛を感じられる一番の幸せ。
私が望んだ淡い理想の家族。大好きな母と今も過ごせていたら____よかったのに。
ついに最後の火が消えた。
再び厳しい寒さが私に襲いかかる。
お母さん、なぜ私を
置いていってしまったの?
夜空は絶えず光る。
星のカーテンは私を包み込むようにやんわり輝く。星の綺麗な夜だ、と心からそう思った。
星の一つに、意味ありげに
一際目立つように煌めくものがあった。
死んだ人は星になって夜空で光り続ける、という話を聞いたことがある。死んだ後も空から地に足をつけている、私たちを陰ながら見守ってくれているらしい。
その星に手を伸ばす。
寒さでがくがく、と震える手を左手で抑える。
あと少しで、届きそうに見える。
本当は、そう見えるだけで果てしないほど遠い場所にある幸福だというのに___。
ほろり、とあつい水が一滴、頬を伝う。
首筋を伝い、胸に落ちる。
まだ私にこんな気力があったんだ、と思う。
人間の生命力は捨てたものじゃないな、と思いつつ目を閉じた。
サンタさん、私がほしいのは木でできた玩具でも、甘いお菓子でもありません。
いつか私が次に生まれてくるときは
優しい両親と、幸せな生活を送らせてください。
***
きらり、と星が光った。
二つの星は寄り添うように流れる。
大きな星がひとつ、少し小さな星がひとつ。
どちらの星も同じくらいに
満天の夜空の中で、一際輝いている。
その星を綺麗だなと言い見上げる人々の顔は、皮肉にも美しく、輝いていた。
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