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1. 夜のバー
「命への執着、って言うのかな」
薄暗いバーのカウンターで、男は穏やかな口調で語り始めた。
「みんな、はじめは抵抗するんだよ」
指に挟んだ葉巻を、男がランプの火に近づけた。先端がチリチリと燃え、細い紫煙が上がる。彼は葉巻をくわえ、ゆっくり煙を吸い込んだ。
「だけど、頸を冷たい首斬り石に乗せられて、斧を持った男に頭を押さえられればね。もう逃げられないって、小さな脳みそにだって分かる」
不穏な話と共に吐き出された煙は、ゆうらりと登っていく。木組みの天井にたちこめる紫煙は、まるで竜が棲む山にかかる霞のようだ。
「私はね、暴れる子の頭を無理やり落としたりはしない。覚悟ができるまで、待ってやるんだ。
どんな子でもじきに、目の色が穏やかになる。そして、すべてを委ねるようにね、こう、石の上に頸を伸ばすんだ」
男がうっとりと目を閉じ、首を傾げる。筋張った首すじに、青白い血管が浮き出していた。
「私はそれを合図に、斧を下ろすんだよ」
灰皿の縁に葉巻を軽く押し付けると、先端の灰の塊が、ぽとりと落ちた。その様子に目を細め、男がグラスの酒を飲み干す。
わずかに相槌を打ち、黙って話を聞いていたマスターは、カウンターの内側で新しいグラスに氷を入れた。
「同じ酒でいいな?」
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