2022/9/17 「髪の毛」

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
私には大学生になって初めてできた彼氏がいる。井坂類君という私にはもったいないぐらいの彼氏だ。身長はゆうに180を超え、性格もジェントルマン、おまけに頭も顔もいい三拍子ならぬ四拍子揃った完璧ボーイである。彼とはサークルの新入生歓迎会で出会い互いに趣味も同じということで仲良くなり、友人として付き合っていくうちに私たちの間には愛が芽生えていった。そしてついに先日彼に告白され私は見事リア充になることが出来たのである。そのため最近の私は幸せ絶好調。毎日非リア充に爆発されながら過ごしていたのだが、そんな幸せな日々にひびが入り始めた。それは彼の浮気疑惑だ。初めて気が付いたのは4回目のデートの日。初めは二人腕を組みまるで宙に浮かびそうなほど舞い上がっていたのだが、私は彼の服につく一本の髪の毛を見つけてしまい天から地へと急降下で落とされた。それは茶髪で男にしては長すぎるショートカットほどの長さだった。私の髪型は黒髪ロングだし彼も黒髪だ。初めはどこかでついてしまったのかとあまり気にも留めていなかったのだが、その髪の毛は彼に付きまとうようになっていった。次の日の大学ではその毛は3本に増え、ある日の黒い服ではまるで頭突きでもされたかのように彼の服は髪の毛でいっぱいだった。いい加減辛抱ならなくなった私は彼にこう聞いてみた。 「類君って実家暮らしなの?」 「違うよ、大学入学とともに一人でこっちに越してきたんだ。初めは家のことまで手が回らなくてぐちゃぐちゃだったんだけど最近はきれいだよ。よかったら今度遊びに来ない?」 一人暮らしですって。それならあの大量の髪の毛は一体何?お姉さんとかお母さんだと思ったのに、てことはやっぱり浮気?確かめなくちゃ。 「本当に!?行ってみたい。」 そして私は今週末彼の家に遊びに行くことになったのだった。初めて彼の家にお邪魔するのに私は葬式前夜のように落ち込んでいた。それもそのはず、家に行ったら歯ブラシが二本あるかもしれないし、食器だって可愛いものがあるかもしれない。初めてできた彼氏なのに相手の浮気で別れることになるなんて。あぁ、リア充になったからって調子に乗りすぎたんだわ。私はもう爆発して地理になる定めなのね。そう心の中でドナドナを歌いながら歩いていると、ついに彼の家についてしまった。 「ええい、こうなったら仕方ない。類君に証拠を見せつけてめちゃくちゃに振って後悔させてやるんだ。」 私は恨みの気持ちを込めるよう力強くチャイムを押した。 「はーい、ちょっと待っててね。」 類君の声と一緒に、慌てて走るような足音が聞こえる。いったい何をしているんだろう。彼女のものを隠しているとか?それとももしかして今家に相手がいるんじゃ… 「お待たせ美樹ちゃん。いらっしゃい。顔がこわばってるけどどうしたの?もしかして緊張してる?大丈夫、自分の家みたいにくつろいで。」 「う、うん、お邪魔します。」 部屋に入ると同時に私はすぐ靴を確認した。今のところは男物しか見当たらない。まあしかし靴を隠し忘れるなんて初歩的なミスはしないだろう。絶対に証拠を見つけてやる。 「今お茶入れてくるから座って待ってて、コーヒーと紅茶どっちがいい?」 「紅茶がいいかな?」 「了解、今日の為に美樹ちゃんの好きな駅前のケーキ買ってきたんだ。」 私はわざと時間がかかる紅茶を選択し部屋の隅々まで観察することにした。ケーキを買ったなんていい彼氏のふりしたってだまされないんだから。一通り部屋を見渡してみたが目につく限りは何もない。しかし部屋の中に妙に猫モチーフの可愛い置物が多いのが気になる。彼の趣味ならとても可愛いのだが、もしかすると女の趣味かもしれない。その後もいろいろと調べてみたが決定的なものは何も見つからないまま、彼は戻ってきてしまった。 「おまたせ、ショートケーキとチョコケーキ好きなの選んでね。」 「ありがとう、類君のおうちすごい奇麗だね。自分で全部お掃除してるの?」 「うん、そうだよ。実家岐阜だからこっちのことは全部自分でやるしかなくて、今日は美樹ちゃんが来てくれるから隅々まできれいにしたんだ。あ、このクッションよかったら使って。」 そういって彼が手渡してくれたクッションには可愛らしい猫の絵がプリントされており、茶色い髪の毛がついていた。 「そう、なんだ、じゃあこの髪の毛は何なのっ?最近、類君の服についてるのと同じ、だよね。ご家族の方も遠くに住んでるらしいし。これっ、誰のなの?」 ああ、だめだ。あくまで取り乱さずかっこよく問い詰めたかったのに。声には嗚咽が混じりつっかえてうまく話せず、目はウサギのように真っ赤だった。 「違うんだこの毛は。」 「何が違うのよ!服にもクッションにもこんなにつくぐらいですもの、家にもその子がよく遊びにきてるんでしょ?だからこんなに、」 『にゃーぉ。』 声がする方に目を向けると、そこには長くて茶色い毛並みを持つ可愛らしい猫がいた。 「ブラウンこっちにおいで、紹介するよこの子はうちで飼ってるブラウン。その毛はこの子のなんだ。心配させちゃってごめんね。」 ブラウンちゃんは彼に抱えられながら申し訳なさそうな顔で私を見つめてきた。 「そうだったの。ごめんなさい、私。気が動転しちゃってつい大きな声出しちゃった。勘違いしてごめんなさい。」 私はホッとするのと同時にものすごく申し訳ない気持ちになった。長い毛を見つけただけで浮気と決めつけて彼を責めてしまうなんて。取り乱した姿を見せるのも初めてで私は顔をあげられないでいた。 「こっち向いて美樹ちゃん。僕ちょっと嬉しいんだ。嫉妬してくれるなんて初めてのことだったから。でも心配させちゃったのはごめん。サプライズで驚かせたかったんだ。」 「許してくれるの?」 「許すも何も君は僕の彼女なんだから当然の権利だよ。今後は小さなことでも秘密はなしにしよう。ね、約束。」 こんな私を見ても彼は優しい顔で許してくれる。私は彼を一生大事にしようと決めた。それから私たちは二人きりで甘い時間を過ごし、私は行きの売られる小鹿とは真逆の天にも昇るような気持ちで帰路に就いたのだった。 「今日は美樹ちゃんとあえてよかったねブラウン。」 『にゃーごぉ』 「でも嫉妬してくれるなんて嬉しかったな。今後はもっと愛を深めて秘密なんてなしにしたいな。」 そういいながら鍵のかかった部屋の扉を開けるとそこは壁一面美樹ちゃんの写真とコレクションに囲まれた僕の楽園があった。 「いずれはこの部屋のことも話せるようになりたいな。でもそれまではあとちょっと我慢だよね。」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!