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「あのカフェのパンケーキは職場の後輩の女の子から教えてもらったんです。あ、あくまで美月さんと美味しいものを食べるならっていう偵察?の為だからその子には下心とか皆無なんで! で、この前はプレーンを食べてもらったけど実は今なら季節限定でかぼちゃ味も出てて。美月さんが確実に好きなフレーバーでしょ。今度は是非それを食べてほしいから、また、行きましょうね! 」
カウンターから聞こえる声はこの店の従業員全員が聞き取ることが出来るくらいの大きさにリスニングのテストで使えそうな程の鮮明さ。あの日に感じた人間の血が通った男らしさは感じられず以前のような得体の知れなさが漂っていて、あの時間のロミオくんは一体何だったのかと考えながら私は洗いたての濡れたティーカップを見つめて、拭く。
「……美月さん、綺麗ですね」
「急に何? 」
「若干下を向いてるその角度、睫毛の長さが際立ってより美人です。そして、やっと目が合った」
唐突で単純な褒め言葉で反射的に顔を上げてしまった。その先にいた彼は頬杖を付きながら真っ当な人間らしく微笑んでいる。
「目を合わせてくれたお礼に面白い話、してあげますよ。……マモルさん、わかりますよね? その人の話ですけど聞きます? 」
頬杖を付いて上目にこちらを見つめるロミオくんは年齢より少し幼さの残るその顔面から今までは想像もつかなかった程の妖艶さを醸しながら不適に笑って見せた。何誰その人?とか、別に興味ないよなんて言葉ですぐにあしらうことも出来たけれど、嘘をつけない本能と欲求が私の袖を引く。
「美月さん、急に余裕無さそうだね」
私の顔色を覗き込むように伺う、少年と妖艶を兼ね備えたその表情だけはあまりに魅力的。
「美月さんから見てマモルさんってどんな人ですか? 」
この時間帯特有のそれほど騒がしくはない店内だ。神経を集中させたらカウンターの奥や他のテーブルで接客をしている従業員もこちらの会話も聞き取ることができるだろう。そんな状況で従業員の誰も知らない同棲中の婚約者の話を吹っ掛けられている。夜職の彼氏がいるという体なのに、婚約者なんて。ロミオくんがうっかり口を滑らさないか、そして何より私がロミオくんブラフに掛かってポロっと溢してしまわないか。
「その人の話、ここでしなきゃいけない? 」
「え、二人で一緒に出掛けてくれるってことですか? 」
「……マモルさんは、絵に描いたような無機質な高校教師。同棲中の彼女とも甘すぎず冷めすぎない理想的な良い距離感で上手くやってるって聞いた」
「へー、上手く生きてるんですね、彼」
返ってきたのは含みを持った強気な言葉。そこから滲み出る私の知らないマモルさんの姿が想像すら付かず、私は無意識にその先の彼からの言葉を求めていた。
ロミオくんをこんなに濃厚に視線を合わせたのは、きっとあの夜以来。
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