それぞれの嫉妬

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またいつものように家に着く二百メートルくらい前で軽めのキスをしてから車から降ろしてもらい、発車する音が聞こえてからイヤホンを耳に入れる。 でも今日はなにも流さない。今の心臓をザワザワとさせた私は好みの音楽すら煩わしいと思ってしまいそうで。それほど騒がしいわけでもない住宅街のちょっとした音。それらに軽くミュートを掛けただけ。 「おかえり」 玄関からリビングに繋がるドアを開くとソファに腰掛けてテレビでニュースを見ていたマモルさんが首だけ私の方へ向けて出迎えた。目が合う。何の濁りもない、誰よりも素直に直視することができて安心する瞳だ。 「ただいま」 衝動に抗うという選択肢すら浮かばぬまま、私は普段のように真っ先に自室に向かうことなく、マモルさんの隣に腰掛けた。 「珍しいな。武装解かないの? 」 「うん。今日はちょっと疲れたかな」 この透明で冷たそうな彼の体温を、私は無意識に求めていた。でも、決して触れない。過度なスキンシップは拒絶された時に立ち直れる自信がないから、傍にいることでほんのりと感じられるオーラみたいなものに触れる程度で我慢だ。彼は存在自体が聖域だから、たったそれくらいでも私を充分に満たすことができる。もはやホテル帰りだということすらどうでも良い。むしろそれを察してなんらかのアプローチをしてくれた方が私も噂について言及しやすいし、少し動揺して欲しいとすら思ってしまっている。 彼の肩に頭を預けたい衝動を抑えて代わりにソファーの背もたれに沈むとマモルさんは「それはお疲れ様でした」と言いながら私の頭のてっぺんに手の平を乗せて柔らかく二度触れ、立ち上がった。 見上げた私は縋るような目をしていたかもしれない。でもそれを疲れからきたものと捉えたのか、全てを理解した上でそう捉えたような芝居を打ったのか、マモルさんは口角だけを上げて「今日はシャワーだけじゃなくて湯船に浸かりなよ。入浴剤も買ってあるから」と残して自室へと向かい、ドアを閉めて世界を遮断した。 真綿で首を絞めるようなその言葉。マモルさんは見えない他者の存在に嫉妬するくらい、誰かを愛することがあるのだろうか。その人の肌に触れたいと思うことはあるのだろうか。嫉妬させたいと思うことは……? ソファーに横になり彼が腰掛けていた部分に触れると温かさがそこにはあって、彼は人間だということを改めて実感させられた。先程頭に二度感じた柔らかな優しさも証拠として提出できる。 そんなくだらないことを思いながらゆっくりと目を閉じ、私はそのまま疲れに身を任せた。ソファーに沈んでいくような、私の深い部分に埋もれていくような、最後に感じたのはそんな感覚だった。
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