それぞれの男たち

4/5
前へ
/19ページ
次へ
短大を卒業してから信用金庫で二年しっかりと働きはしたものの土日休み平日五連勤確定の生活に疲れ以上の飽きを感じて年度末に退職し、とりあえず生きていく為にアルバイトを始めたカフェの条件や居心地が良くて今となっては信用金庫以上に勤続している。 それでもやっぱり仕事はしたくないな、と思って始めた婚活で五歳年上のマモルさんと出会った。そもそも同棲をしようと言われた時点でバイトを辞めてもいいと言われはしたのだが結婚するまでは私の為だけに使うお金、趣味や美容、諸々の交際費を出してもらうのは気が引けるので断り、何なら私が納得できるくらいお金を貯められるまでは籍を入れずにいたいという条件も半ば無理矢理飲んでもらった。 そんな表向きを存分に振り翳して、私は所々目立つ汚い部分を大事に仕舞い込んでいる。 九時のアラームで目を覚ますと勿論マモルさんはもう既に家に居なくて、今日も六時のアラームが聞こえなかったな、と誰に向けているのかわからない被害者面をする。 とりあえず自室から出ると本当にここで出勤前の支度をしたのかと疑いたくなるくらいリビングが人気を感じない空間になっていて、その冷たさに鳥肌を立たせながら洗濯機を回しに向かう。 お互いの洋服は勿論、私の下着もマモルさんの下着も一緒くたになりながらぐるぐる回る様を眺めているとリビングのテーブルに置いていた携帯が着信を知らせる。我に返ってリビングに戻り携帯を確認すると、私の携帯を鳴らしているのはリョウだった。リョウは私が基本的に九時から三時まで働いていることを知っていて、私が出ないことを前提とした電話を掛けてくる。 「もしもし?」 「あれ、今日は仕事じゃないんだ」 この時間の電話を取った時の第一声は大体これ。左耳に受話器を押し当てながら手持無沙汰な右手で何気なく手に取ったお手軽サイズのカーペットクリーナーをコロコロさせると私から離れて行ったであろう長い茶髪が想像以上に引っ付いている。 「今日は会えるお休み?」 「会えない方のお休み。というか昨日会ったじゃん」 「みぃにはいつでも会いたいよ」 茶化した風で本心の読めない言い回しを得意とするリョウとの恋愛ごっこは適当でいることが正義だというのが共通認識だから、良い。 婚活に勤しむんだと友人に宣言した時に紹介されたこいつは私が全く求めていなかった不安定であまり理解のなかった夜の仕事族だったけれど、それくらいの方が未来の無さがはっきりしていてこうやって楽に馴れ合って来られた。 「明日は会える方のお休み?」 「明日はいつもの通りの時間で仕事だね」 「俺は休みだよ」 「よかったね。ゆっくりしなね」 「すぐそうやって茶化す~」 リョウが休みの日、私のその日の仕事は昼か夕方から始まって夜の閉店時間までという体になることがある。 約束はせずに、こんな風に探って探って手繰り寄せて、当日になって決まっていく。それから私たちは十分もかからない他愛もないやり取りを繰り広げ、案の定明日がどうのこうのと言った明確な約束をすることなく通話を終えた。今日もそんなもん。 カーペットクリーナーの髪の毛や細々としたゴミで埋まった面をベリベリと剥がしゴミ箱に捨ててから掃除機を取りに向かう。 片手に携帯を構えそちらに意識を向けたきりで掃除機をかける範囲には目もくれずになんとなくリビングを行き来しながらSNSを確認して、未読数が溜まっているラインを処理していく。大体がニュースや何かしらの更新通知の中に流れで既読にしてしまった一つの異質に気が付き掃除機を止めた。忘れていた昨日のロミオくん。 インスタ見たよ。かぼちゃとさつまいもの季節がまた来たね。個人的にはかぼちゃとさつまいもより栗のスイーツが好きかなって思ってます。まあ、甘いものより普通に食事に出てくる秋の味覚の方が好きだけどね!サンマとか毎日食える。 もしかしたらロミオくんはケーキ屋さんに行ってもシャインマスカットのケーキは買わないし寧ろシャインマスカットを食べたことすらないかもしれない。でもサンマは美味しいよね、そんな思いでとりあえず魚のスタンプを一つ送り返してラインを閉じた。 今日の晩御飯の良い案をくれたロミオくんにとりあえず感謝。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加