江戸の鼠男

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江戸の鼠男

アチキは巷では、 (ねずみ)男のヨシさんと呼ばれている ケチな30男である。 吉原に近い長屋を根城にしており スリを生業にして生計を立てている しけた輩だ。 そんなアチキではあるが、 何故かモテモテで、 三十人の囲い女を養いつつ 彼女たちの長屋を転々として 生活している。 囲い女たちの経歴はだいたい似通っていて、 多くは夜盗に旦那や家族を殺されたり、 幼い頃、口減らしの為に家を追われ 夜鷹になった女達だ。 そして積もり積もって30人、 知り合う都度に囲い女にしてしまったので、 こんなに増えてしまった。 ── さて、彼女たち全員を 養なわなければならないのだが、 最近は手持ちも少なくなり 財政難になってしまっている。 だが普通に稼いでいても(らち)が明かないので 何か手を打たなければならない。 そこで手癖の悪いアチキは スリ稼業から転職して、 大泥棒になることに決めたのだ。 初仕事に選んだのは、呉服屋喜平の蔵。 早速、忍び込んだのは良いのだが、 ちょっとしたトラブルに巻き込まれてしまった。 目的の千両箱は山積みで置かれていたのだが、 これ1箱がかなり重い。 無理に持ち上げようとしたら、 「ぐぉッ!」 ギックリ腰になってしまった。 「誰?」 女の声、どこだろう。 部屋の隅に肌襦袢(はだじゅばん)(すそ)よけ姿の黒髪おかっぱ女が (うずくま)っていた。 「君は?」 「私はこの屋敷の若旦那にさらわれて監禁されている者です」 この娘の見た目から想像できる光景は、 ・・・・・・ 幾度となく体を(むさぼ)られている姿だ。 「どうかされたのですか?」 「ええ」 「具合が悪いのですか?」 「ちょっと腰をやっちゃってね」 「何か尖った物はありますか?」 「錠前破りの道具ならあるけど……」 「ではそこに横になってください」  ・・・・・・ 「いや動けなくて」 中腰のまま固まって動けない所を 彼女が手伝ってくれて横にしてくれた。 腰が固まった老人を介抱する絵ずらのようで 恥ずかしい。 彼女は錠前破りの道具が入った道具入れを開き 尖った針金を取り出した。 「これなら使えそうです。では──」 彼女はアチキの腰に近い背中にブスリと針金を差し込んだ。 すると何とも不思議な事に立って動けるようになった。 「うぉ! 動けるぞ、君凄いな~ ──ありがとうね」 「いえいえ」 「──で君は何者?」 「私は吉原の遊郭で女郎専門の(ハリ)ツボ師をやっております者です」 「その君が、どうしてこんな月明りしかない暗い蔵に閉じ込められているの?」 「そうですね、何からお話すれば良いのやら」 「事の発端は?」 「それはですね、この家の若旦那が私に一目惚れをして、妾になれと何度も言い寄ってきた事です」 「それで?」 「それを断ったので()れた若旦那が手下を使って私を連れさり監禁したのです」 「若旦那に色々されたの?」 「色々とは?」 「あんなことやこんなことだよ」 「はい、──されました」  ・・・・・・ 「一緒にここを出るかい?」 「聞かなくてもわかると思うのですが」 「そりゃそうだなハハハハ」 アチキは彼女の尻を揉みながら笑った。 「イテッ」 「もう、助べえな人!」 指を掴まれて折られた。 「すんません、ついつい」 「今度やったら殴りますよ」 「はい、もうしません」  ・・・・・・ 「それじゃ長居は無用なので出ようか」 千両箱を持ち上げると軽く持ち上がった。 何だか針金を刺されてパワーアップしたようだ。 「……ちょっと待ってください。それだけしか持っていかないのですか?」 「え、だって重いし、1箱しか持てないよ」 「あんなにいっぱいあるのに?」 「そうなんだけどね ──ちょっと無理かな」 「ほらそこに小型の荷車があるでしょ、それで持っていきましょう」 「でもあまり大げさに持っていくと見つかるしね~」 「それではこうしましょう。私がこの屋敷の全員を動けなくしてまいりますので、その間に荷車に千両箱を積めるだけ積み込んで持ち出してください」 「動けなく? そんなことできるの?」 「(ハリ)ツボ師をなめないでください」  ・・・・・・ 「わかった、君の言うとおりにするよ」  ── 彼女のおかげで、 まんまと千両箱10箱を盗み出す事に成功した。 無事に彼女とも合流できたので一安心だ。 盗み出した小判が予定よりも遥かに多かったので 長屋の住人に分け与えることにした。 これはかねてより狙っていた行為で、 鼠小僧の真似である。 「さて小判を()くか!」 アチキは長屋の横に積まれていた木箱に乗り 千両箱を屋根の上に乗せた。 「ちょっと待ってください、もしかして屋根の上から()くつもりですか?」 「まあそうだね、──ほら、一時期流行った鼠小僧っているでしょ、あんな感じにやろうと思うのだけど」 「非効率です!」 「え?」 「だってそうでしょ、上から()いたら住人は拾わなければならないのですよ。それに拾えた者と拾えなかった者、この両者に確実に不公平が生じてしまいますよ」 「まあ、確かにそうだけど、──でも普通そうやるでしょ」 「誰の普通ですか?」 「いや世間一般の……」 「私の普通はそうではありません、()くのは非効率です!」 「ではどうしろと?」 「一軒一軒配ってください」 「でもそれだと顔がバレちゃうよ」 「ではこうしましょう」 彼女は(すそ)よけを膝下から破いてアチキに渡してくれた。 その行動はとても色っぽかった。 「これは?」 「頭から被って鼻下で巻くのです、鼠小僧みたいに」 「あ~ それはいいかも、──ん~ いい匂いだ」 「この~助べえ!」 蹴られた。 「それじゃ私は帰るので後はうまくやってくださいね。──助けてくれてありがとうございました。お礼は後日体で払いますので」 「さすが吉原の(ハリ)ツボ師! 話がわかるね~ そういえば名前は? 家は何処?」  ・・・・・・ 「吉原に来て誰かに聞けばわかります。名前はその時に教えますね、──泥棒さん」 「……まあ、いいっか。それじゃ~な」 「また近々会いましょう」 彼女は走って行ってしまった。 「では今日は遅いし一旦囲い女の所にでも戻るかな、配るのは明日にしよう」  ── 翌日の少し暗くなりかけた申の刻。 彼女からもらった(すそ)よけ布を被り 鼻下で巻いた姿で小判を配り始めた。 「すみませ~ん。こんばんわ~」 「はい?」 女が出てきた。 「アチキは……」 あ~何て言うか考えとくんだった。 「なんでぇ~なんでぇ~」 男が出てきた。 「アチキは正義の男、鼠男と申す者です。──小判のおすそ分けにめえりました。コレをお受け取りください」 小判を1枚差し出した。 「これをくれると言うのかい?」 「へい、是非ともお受け取りください」  ・・・・・・ 「もらってしまったら、その後は絶対に返さないぞ!」 「どうぞどうぞ」 「本当にくれるんだな!」 「さいです」 「お~ ありがて~な~ オイ! これ両替屋で崩して酒を()うて来い! あと旨いものもな」 何だか幸せそうで良かった。 「ヨシ! 次行こう」 「きゃ~ ありがとう」 「ヨシ! 次」 「うぉ~」 「ヨシ、次だ」 「ギャ~」 みんな幸せそうで何よりだ。 それにしてもアチキの後ろに子供が沢山付いて来るのだが、 これじゃ目立って仕方ない。 「おいおい、これは遊びじゃ無いんだぞ!」 一人の男の子が前に出てきてアチキの着物の裾を握った。 「ネズミのおじちゃん、ヨシって名前なの?」 「ヨシ? なんだそれ」 「だってヨシ、次だって」  あ~  「それは口癖で…… いや、アチキは鼠男のヨシさんだ。分かったか」 「分かった! ヨシさんだね。──また小判くれる?」 「オウ! 任せておけ」 「ありがとう。それじゃ~ね ヨシさん」 子供たちが走って帰って行った。  ・・・・・・ 「おいおい、コレ今日中に配り終えられるのか~? 早くしねえと捕まっちまうじゃね~かよ~」  ・・・・・・ 「ヨシ! 頑張ろう~」  ── 小判を配り終わった翌日、 吉原で(はり)ツボ師を探すとすんなり彼女の店にたどり着いた。 「鼠男のヨシさん、吉原でも噂になっていますよ」 「まあな」 「はい、うつ向きになってください」 「な~ 体で支払うって何だか違うような気がするのだけど」 「アラ、私は(はり)ツボの事を言ったつもりなのですが何か勘違いされていましたか?」  彼女がそお言うと頸椎の辺りにブスリと  (はり)が打ち込まれた。 「ところで残りの千両箱は何箱ありますか?」 「そうだな、囲い女たちに分け与えたのと、借金を払った後なので残り2箱くらいかな」 「そうですか、──当然私にも1箱もらえますよね」 「え?」  胸堆の辺りにブスリと(はり)が打ち込まれた。 「もらえますよね?」  腰堆の辺りにブスリと(はり)が打ち込まれた。 「うっ、動けない……」 「あと脳天に(はり)を打ち込めば終わりです」 「何が終わるって言うんだい?」 「それは想像にお任せします」  ・・・・・・ 「分かった、分かったから(はり)を抜いてくれ」 「それで、もらえますよね」 「やる! 1箱やるから」 「何を怯えているのですか? これは疲労回復の為の処置ですよ」 「……」 「でも1箱もらえるならうれしいですね」 「怖い女だ」 「──所で」 「何だい?」 「最近、越後屋の若旦那が私に言い寄ってきているのですが」 「それで……」 「もうそろそろ拉致されるかもしれませんのでその時は助けに来ていただけますよね?」  ・・・・・・ 「そんなに見つめないでください。──もしかして惚れましたか?」 「お前なんかに惚れるかよ!」 「まあ、照れちゃって、カワイイ」 「お前、本当に怖い女だな」                              END
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