降り落ちたヴィオラ

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ウィ、ウィ キィィシシシ 『ミラ様っ!!!』 悲鳴のように娘は私の名を叫んだ。 眼下にある私の身体にサルボが群がり始めていた。 『ああ、捨て置いて大丈夫だ。サルボは死肉を漁らない。賢そうでありながら奴らは存外に馬鹿なんだ。死んだふりで余所へ行ってしまうよ』 案の定に暫く小突いたり触れたりしていたが、微動だにしない私の身体に興味を無くして、サルボは去って行った。 『で、ですが、万が一ということも……』 私は(いな)を示して首を横に振った。 『魔女の死と言えば火あぶりが定石だろう?私は私の死の在り方を正しく知っている』 幾度転生しようと、私の死は定められていた。 それが私に課せられた呪い。 『……怖ろしくはないのですか?』 余命を知っていることがと、言いたいのだろう。 『もう慣れたさ』 嘘だ。 こればかりは何度転生しようと慣れるものではなかった。 死の苦しみは一度味わえば良いものだと、経験したヴィオラには分かるだろう。 何故、私だけが? それは何百回といだく疑問だ。 何度転生しようとその理由は分からず魂と同じ刻限に終焉を迎え、やがて再生を果たす。 記憶は転生した回数分重ねられ、私は誰より老成しているのかもしれない。 いつしか人の世に馴染めなくなり、人里を故意に離れるようになった。 丁度その頃だった。 不死鳥の如く永遠を繰り返すうちに、私はこうして霊魂と交わりを持てるようになっていた。 生きとし生けるものには必ず意思が宿る。 私にはそれが視え、あるいは聞こえ、そして触れることが出来るようになっていた。 今では木々らでさえ私の声に応じてくれる。 私が魔女たる所以だった。 『肉体は年若いまま姿を変えるが、私は千を生きる魔女だ。稀有な力には違いないが、人が思い浮かべる魔法のような、都合の良い力を併せ持つわけではないのだよ』 おそらく娘は、救いを求めて私の頭上に指輪を落としたのだろう。 ポルターガイストと呼ばれる思念の力では、その程度のことがせいぜい関の山。 『……』 娘は落胆したのか、黙してしまった。 『未練など忘れ、心新たに来世を歩むが得策だよ』 地縛霊など時の無駄だと、私は娘を諭そうとした。 しかし、娘は首を横に振った。 意志は頑なだった。 『その指輪を魔女様に差し上げますから、どうか私の願いを聞き入れてはくれませんか?』 死者に指輪は要らない。 端からそのつもりだったが、私は興味本位に訊ねた。 『なんだ?言ったように、私に出来ることなど多くはない』 『いいえ、あります。私――ヴィオラ・グリードに成り代わって、辺境伯エイラード・ビクター様の花嫁になってください』 突拍子もない話に私は、眉根を寄せた。 何処の馬の骨とも分からぬものを、伯爵が花嫁になどおいそれとするはずが無い。 『私はこの戦争を終わらせたいのです』 強い意志を瞳に宿してヴィオラは私を射抜いて来た。 こうした瞳を宿す霊魂が、時折に厄介なものになることを私は知っている。  霊魂とは所詮は霊魂、現世(うつしよ)で出来ることなど既に無い。 未練はやがて執念に、そして、やがては人が呪いと呼ぶものに成り代わる。 それは疫病であったり、災害であったり、とにかくろくでもない災厄だった。 『話が視えない。少し、あなたの記憶を見せて貰おうか……』 私は骸に重なる霊魂に手を当て、ヴィオラの思念を読み取った。
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