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ヴィオラはユーテリス王国の国境に位置するイシュタリアに生れた。
春になれば、高山植物の白い花で大地は覆われ、目を奪われる。
夕暮れには、緋色に染められる白い花――娘が真っ先に送り込んできたのは、原風景と呼ぶにふさわしい光景。
『ああ、知っているさ。いつ見ても美しい』
素直な感想を述べれば、ヴィオラはまるで幼子の顔をして微笑みを浮かべた。
辺境の地といえば、深い森に覆われた長閑な田舎町を浮かべると思うが、イシュタリアはそうではない。国境警備の最前線とあって、町は軍の関係者で物々しい雰囲気にある。
それもその筈、隣国のガルダ王国とは長きにわたり諍いの最中にあり、防衛の要としてイシュタリアは重要な軍事拠点とされているからだ。
あれほど美しかった大地は荒れた戦場となった。
ヴィオラの見せてくれたような穏やかな光景は、もう失われて随分になる。
けれどようやく転機は訪れ、終戦を迎えることになったようだと、風の便りに聞いていた。
『我が娘、ヴィオラを……ですか?』
騎士団率いるグリード将軍――ヴィオラの父は苦い顔をしていた。
国王の覚え篤く、中央の議会政権においても一目置かれている存在であるのだが、どうやら彼は、難しい局面に立たされたとみえる。
ガルダ王国との和解の印として、グリード将軍の一人娘、ヴィオラを敵国の若き将軍――エイラード・ビクターの元へ嫁がせることになったのだ。
完全なる政略婚――グリード将軍は娘の身を案じずにはいられなかったが、王命とあれば従わざるを得ない。
この森を眼下に山越えすれば、そこはもう敵国の地だ。
ヴィオラは純白のドレスに身を包み、馬車に揺られているところだった。
背筋を伸ばして無言のままに膝に手を添えていた。
「そんなに今から緊張していては身がもちませんよ、お嬢様」
介添人として付き従う侍女が思い詰めた表情のヴィオラの手を握った。
「エイラード・ビクターと言えば、泣く子も黙る冷徹の伯爵という噂よ。恐れるなと言うのが無理な話ね」
彼女は唇を震わせ、今にも泣きそうな悲壮な顔をしていた。
「大丈夫です。きっとお嬢様にはお優しい顔を見せるに違いありません。ほら、その指輪もエイラード様から贈られてきた品ではありませんか」
侍女の指さす金環――この指輪だ。
「これを持つ者が花嫁である証だそうよ。ご丁寧にも替え玉を立てるなら、それでも構わないと記されていたわ」
花嫁など誰であろうと、儀が整うのならば構わないと言うのだろう。
「和平の証を立てる為だけに私は嫁ぐのよ」
ヴィオラは苦笑した。
「外交的にはそうでも、お嬢様のお人柄を知れば――」
「花嫁は人質であり、スパイだもの。あちらは信用なさらないでしょう」
夫となる者はおろか、民からも愛されることはないだろうと、ヴィオラは侍女の慰める口を閉ざさせていた。
事が起きたのはその時だ。
突然に山肌から滑落してきた岩石に馬が慄いた。
悪戯に岩石を投げ落としたのはサルボたちだった。
車輪が弾け、車体が崖下に向かって大きく傾く。
「お嬢様っ!!!」
開いた車扉から投げ出されたヴィオラは、樹海と呼ばれるこの森へと落ちたのだった。
『フム、そなたが嫁がねば戦火は再燃するか』
けれど知ったことではないというのが正直なところだ。
どうやらヴィオラは私の心を感じ取ったようだ。
填めた指輪がキリキリと軋んだ。
『魔女様、捨て置かれますか?』
美しい故郷――ヴィオラの捨てきれない想いはそこにある。
ヴィオラの思念は想像以上に強かった。
『魔女様、返答を』
『……』
黙する間にもギリギリと指輪が引き絞られる。
見下ろした本体の私の指は、鬱血してどす黒く染められていた。
このままでは壊死するのも時間の問題。
落ちてきた指輪は、どうやら呪いの指輪だったようだ。
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