降り落ちたヴィオラ

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降り落ちたヴィオラ

 コツンと被っていたフードに何かが当たった感触に、よもやよもや鳥の糞かと訝しんだ。 ――にしては硬い気がしたが……。 見上げた空に鳥はいない。 ここは鬱蒼とした魔獣の棲む森だ。 鳥さえも警戒しておいそれと近づきたがらない。 「ん?」 代わりに足元に光るものを見つけた。 「……指輪?」 しかもかなりお値打ちものと見受けられ、手にしたそれを見定める。 「ふぅん、純金製か」 運が良いと、試しに指に填めてみれば、それはぴったりと薬指に収まった。 良い拾い物をしたとニンマリと笑みを浮かべたのは束の間のことだった。 「はて?」 空からどうして指輪が降って来たのだろうか? もう一度目を凝らして、生い茂る木々を観察した。 キィィシシシシ パン パン シシシシシ 目を凝らせば自然と聴覚も敏感になるものだ。 聞こえて来るのは嘲笑いする魔獣猿(サルボ)の声。 何かろくでもない悪戯を成功させた模様。 手まで叩いてご満悦の様子だ。 何となく厭な予感がした。 頭上高くそびえ立つ木々に訊ねた。 『なぁ、これの持ち主を知っているか?』 指に填めたまま、私は目の前の大樹に指輪を掲げ見せた。 木々はサワサワと風に煽られ、隠れていたそれを露呈した。 指輪が降って来た理由――ぶらり、ぶらりと、揺れる手に納得する。 「なるほど……崖から滑落したか」 私――ミラ・クィンは純白であったろう今や血で薄汚れたドレスを纏う御仁のもとに。 木々に支えられた遺体――死亡推定時刻は、ほんの数刻ほど前だと思われる。 死して尚、美しいと知れる容貌の娘だった。 『この指輪はあなたのものか?』  訊ねれば、骸に留まる霊魂が頷きで応じた。 とっくに浮かび上がって、昇天を迎えられる筈なのに、肉体に留まりたい意志が強いせいで身動きが取れないらしい。 いわゆる地縛霊という奴だ。 『あなたは(いにしえ)の魔女?この森に住まうと噂の?』 娘はどうやら私を知っていたようだ。 『こうして霊魂の姿であなたと話せることが、私が魔女(それ)である証だろう?』 私は大樹の根に預けてある本体を見遣った。 本体と霊魂の私の姿は随分と違う。 まるで別人。 娘もそれに気づいたようだ。 『あれはあなたの身体ではないのですか?』 『私の身体で間違いないさ』 『今の?』 『魔女は何年も生きると言われているが、実際はそうではない。前世の記憶を持ち続けている。それだけだよ』 霊魂の私は最初の私だ。 そして、最初の私が生をまっとうした姿かたちで魂はあったのだ。 『何度生まれ変わっても、私は私の記憶を持ったまま産声を上げていた。そして、不思議と同じ名を与えられる。ミラ――昔も今も、それが私の名だ』
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