聖女が王子さまに恋した理由(3)

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聖女が王子さまに恋した理由(3)

 ごろんごろんと大きな水晶玉が、結構な勢いをつけて廊下に転がる。それを避けようとした王妃さまがドレスの裾を踏み、ビリっと裂けたことでさらに甲高い悲鳴をあげた。  その悲鳴を聞きつけ、近衛兵が駆けつけてくる。一方で転がり続ける水晶玉がまるで狙ったかのように、男泣きするおじさまたちの集団に突撃する。不意に足元をすくわれたおじさまたちが、バランスを崩し様々な方向によろめいた。  そして非常に絶妙なタイミングで近衛兵とぶつかり、彼らが構えていた両手剣がすっぽ抜ける。さらにまさかのシャンデリアを吊るしていた鎖を切り裂いた。きらめくシャンデリアが、キャシーに向かって落下してくる。 (ちっくしょー、こうきたか!)  聖女が受ける加護は、直接的な暴力を防ぐ効果しかない。それ以外の間接的な加害については、聖獣であるルウルウが防いでいる。つまりここで重要なのは、キャシーは偶発(ピタゴラスイッチ)的な被害から身を守る術を自身では持たないということ。  すぐそばにルウルウがついていれば、竜の守りは発動する。けれど、今ここに相棒はいない。しかもキャシーの聖女としての能力は神託がメインだ。回復魔法はお遊び程度のもの。即死しなければ自分で自分を癒せるが、果たしてどうなるか。 (聖女としての加護をかけるなら、もっと満遍なく安全になるような加護にしてほしい! あと、守りに徹するだけじゃなくって、瞬発的に脚力や腕力を向上するとかも付与すべきでしょうが!)  震える膝を叱咤し、聖女は駆け出そうとする。予想外だったのは、ダニエルがキャシーをその身でかばおうとしたことだ。彼ひとりならともかく、トロいキャシーを連れて逃げられるはずもないのに。 (もうなんなのよ、M(禍々しい)P(ポイント)を積極的に使おうとしたり、会ったばかりの私なんかをかばおうとしたり、どうしてそんなにお人好しなのよ! 好きになっちゃうじゃない! もうがっかりするのは嫌なのよ!)  けれど、そう思うのはすでに好きになっているからだとキャシーはわかっていた。ただ、裏切られるのが怖くてずっと目を背けていただけだ。  みんないかにキャシーを利用できるか、それを一番に考えていた。何よりもそれが顕著だったのは、国の中枢に近い王子たち。愛の言葉をささやかれても、彼らの狙いは透けて見える。それが、ダニエルにはなかった。結局最後まで信じられなかったのだけれど。 『結局、どうしてあんなに「M(禍々しい)P(ポイント)」にこだわるのかもわからないままだし』 『たぶんあなたが考えているよりも、ずっと単純な理由です』  それは、キャシーの望み通り、「結婚相手は王子さま以外」を達成するためだったと考えるのは、都合のよい妄想なのだろうか。 (もっとちゃんと、ダニエルさまに向き合うべきだったのよ)  嫌いだったのは「王子さま」ではなく、キャシーを「聖女」として利用する人間だったのに。  死の直前、ひとは走馬灯を見ると言う。これがその時間なのか。そしてキャシーは決断する。全身の力を込めて、彼を安全な場所に突き飛ばした。 「ありがとう、ダニエルさま」 (損得勘定抜きで私を守ろうとしてくれたのは、ルウルウ以外ではあなただけ。大丈夫、雑草は根っこさえ残っていればまたしぶとく生えてくるもの。生き残ってみせるわ)  痛みを覚悟したその時、キャシーは見た。美しく輝く白銀の竜が、自分を守るのを。それは、ここにいるはずのない大切な相棒ルウルウだった。
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