1.誕生日

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1.誕生日

 お昼すぎ、何気にテレビを観ていると、宝飾品のCMが流れた。誕生日に指輪をプレゼントされた女性が目に涙を溜めて喜んでいる。  フンフン。確かに光りものは嬉しいだろうなぁ。俺も(たける)に貰った時は嬉しかったしな。まあ、あれはその気持ちが嬉しかったんだけどな。    と、そこまで思ってハッと気が付いた。  自分の誕生日をすっかり忘れていた事に。  いや、その前に。  気がつけば、他の誰の誕生日も知らない事実に愕然とした。目下、人生のパートナーである岳の誕生日も知らないなんて。  これは、不味いだろ?  今まで誕生日を祝って貰ったためしがなく、それをやるという頭がなかったのだ。  去年はバタバタでそれどころではなかったが、今年は余裕もある。  また、亜貴(あき)の為に一般家庭のそれを目指すのなら、クリスマスやお正月の前に、誕生日を祝ってやらねばなるまい。岳だって、パートナーからの祝福を期待しているだろう。  それにはまず、皆の誕生日を知る必要があった。しかし、岳も亜貴も真琴(まこと)も誕生日が来たからと言って、自分からわざわざ言うタイプではない。  それなら夕食時、皆が集まった所で聞き出そうと考えた。今晩は皆揃っている。いい機会だった。  兎に角善は急げだ。万が一、過ぎてしまっていたら、素早く誕生日会を開催してやらねば。  俺の頭の中では、勝手にフル回転で誕生日会の準備が始まっていた。   +++ 「いただきます」  皆が帰宅し、いつもの賑やかな夕食が始まった。  因みに今日の献立はコロッケ。  隠し味に生クリームが入った俺お気に入りのレシピだ。勿論、皆の受けもいい。  後は付け合せの千切りキャベツにアスパラガスにトマト。副菜はワラビのナムル、木綿豆腐の冷や奴。大根のカクテキ。  豆腐は近所のお豆腐屋さんから買ってくる。これがちゃんと大豆の味がして美味しいのだ。毎日欠かさず食べる様にしている。  締めのデザートは季節のフルーツ、サクランボだ。  食事も中盤に差し掛かった頃、一旦会話が途切れた所で徐ろに切り出す。 「なぁ。皆の誕生日っていつなんだ? そう言えば知らなかったなって」  岳のお茶碗におかわりのご飯をよそって差し出しながら尋ねれば。 「俺は十一月二十二日だ。亜貴は──」  ああ、『いいふうふの日』か。  俺は指に付いたご飯粒を口に運びながら、これなら覚えやすいとホッと胸を撫で下ろしつつも、元ヤクザ若頭としては和む日付だと思った。  と、茶碗を受け取った岳の手がピタリと止まっていることに気付く。俺はンン? と首をかしげ。 「おい。お兄チャン。まさかと思うが、溺愛してる弟の誕生日を知らないって事はないよな?」 「…そんなはずないだろう。今、思い出してる所だ…」  岳は眉間に皺を寄せ考え込む。これは──厳しいだろう。すると横合いから冷静な真琴の声音が引き取って。 「亜貴が七月七日で、俺が二月二十五日。七夕でさえ覚えてないだろうからピンとこないだろうな? 岳は」 「七夕なんて、うちでやった事無いだろ…」  バツが悪そうにご飯をかき込む。  それはそうだろう。クリスマスも正月の年越しもやった事がないのだから、七夕などやるはずもない。亜貴はため息をつきつつ。 「兄さんの俺への愛情なんてそんなもんだって。別に構わないけど。俺だって兄さんの誕生日覚えてなかったし。てか、うちってそう言うイベント全くやって来なかったしね。それが当たり前だったから」 「だよなぁ…」  俺が納得していれば。 「兄貴の愛情を舐めんなよ?」  岳はがムッとした様子で返せば、傍らの真琴がニッと意味深な笑みを浮かべながら。 「ああ、そうだな。中学、高校と、亜貴がラブレターを貰うたび、相手の子の身辺調査してたくらいの深い愛情だからな? あれは流石にやりすぎだと思ったが、お前の勢いに押されてそのままにするしかなかったな」 「へんな虫を付けたくなかったんだよ。こいつ、男からももらいやがって。そいつがまたろくでもない奴で──」  岳は口先を尖らせつつ、再び過去の出来事を思い出したのか、興奮したように話し始めたが。俺はチラと亜貴を見たあと岳に向かって。 「岳お兄チャン。もうそのへんにしとけ。亜貴がどんどん遠くに引いてくぞ」  亜貴は、うわっと口を開けたままドン引いていた。それに気付き、岳は我に返り箸で大きく切ったコロッケをひと口バクリと乱暴に放り込むと。 「仕方ないだろ。こっちは亜貴を真っ当に育てるのに必死だったんだからな…。で? 大和(やまと)の誕生日は?」  いきなり振られて慌てる。 「俺? えーと、今日は五月五日だったけ?」 「そうだな」  岳は一旦箸を止めると、こちら見つめて来た。先に食べ終えた俺は、食後のお茶を淹れる為、席を立つと。 「じゃあ、今日だ」  急須を手に部屋のカレンダーを見ながら答えれば。何故か部屋がシン…と静かになった。  一番最初に口を開いたのは亜貴で。 「端午の節句…だね。人形飾る? 父さん持ってんじゃないの? 菖蒲、飾るんだっけ? あれ、鯉のぼり? 食べるの、桜餅? 柏餅?」  何故か動揺している。 「そうだな…。いや、違う。人形は要らないだろう? 鯉のぼりもな。食べるのは柏餅だが…。いや、誕生日は違うな。今は…八時前か。店は閉まってるか…」  それを引き取った真琴も、やはりやや動揺した様子。二人のこんな光景は非常に珍しい。 「店って何の?」  俺の問いに、二人の動揺を他所に岳は徐ろに口を開くと。 「ケーキだろ。何で誕生日なのを黙ってたんだ?」  責める風ではなく、何処か悲しげであり。俺は目をパチクリさせ。 「いやいやいや。だって、忘れてたし。昔っから誕生日やるなんて習慣なかったしな。別に普通の日と一緒だって」  岳は深々とため息をつくと。 「聞かなかった俺達も悪い…。大和、取り敢えず片付けはいいから先に風呂入って来い」 「は? 何だよ。急に…」 「お茶はいいから、入ってきなよ。ね?」  亜貴もすすめて来る。真琴も身を乗り出すようにして、 「せっかくの誕生日なんだ。片付けくらいやらせてくれ」  畳み掛ける様に言って来た。 「しょうがねぇな…。なんだか分かんねぇけど。じゃあ後はよろしく」  食後のサクランボも食べる間もなく、追い立てられる様にリビングから出された。  一体、どうしたと言うのか。 「てか、サクランボ。俺の分もとっとけよ〜」  リビングのドアの外でそう叫んでから、俺は浴室へと向かった。 +++ 「で、どうする?」 「どうするも何も、出来る事をやるしかない」  真琴の問いに岳は答えると、イスから立ち上がった。 「何をするの?」  亜貴の問いに岳は口の端をニッと釣り上げると。 「出来る範囲、全てだ」
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