織部色の人生

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 ある家の人間は言った。  俺は織部に相応しいと。  それから知らない誰かが言った。  俺は天才だと。  昔は何故自分のような人間が周囲に、優秀だの天才だのと言われるのか理解出来なかった。  ただ、学園生活を続けていくうち、それらが自分の生まれた家のせいなのだと分かった。  少し出来れば『流石だ』と、他人からヨイショヨイショと持ち上げられ持て囃されたのも、俺の生まれが織部だったからに他ならない。  ふと、幼馴染から頂戴した『お前は“織部”という要素を抜きにしても人を惹きつける』という言葉が脳裏を過ぎるが、これに関しては意味がわからなかったし、今もよく分かってないからスルー一択。  天才、凡才、優秀、拙劣。  どうでもいい。  どうでもいいけど、あえて言うなら、俺は自分のことをど阿呆とまではいかずとも、多少そうではあると認識している。  もちろんこれは謙遜ではなく、ただの事実。  やれば出来るが、やる気にならなければ出来ない。加えて忍耐力にも欠ける。  つまり苦手な事は自動的にさよならバイバイである。  俺からすると自分は天才でもなんでもない。  若干初期値が高かっただけの凡人か、あるいは『まぁスゴイっちゃスゴイけどさ』みたいな、微妙に扱いづらい半端な天才、あたりだろうか。……いや、『半端な天才』なんて、そもそも天才では無いか。  そして、そんな人として微妙な俺には三つ上に兄がいる。  そちらは本物で、近年稀に見る天才だ。  両親に似てうちの家系らしい性格に加え、織部を象徴する色彩。  幼い頃から当主である父を彷彿とさせる厳格さを持ち、そのカリスマ性で不特定多数からの羨望を欲しいままにしていた。  ただ、性格のせいか敵を作るのも得意だったようだが。  そして、そんな兄は自分にも他人にも厳しかった。  幼い頃から兄は俺に自分と同じだけの結果を求め、『あれはしたのか』『これは終わったのか』『点が落ちている。手を抜いたのか、一体何をしていた』等々、事ある毎に突っかかってきた。  何故兄は、天才でもない俺が自分と同じ結果を出せるはずだと信じて疑わないのか理解できなかった。  自分で言っていて妙な気分になるが、勘違いも甚だしいと思う。  頑張ったって褒めもしないくせに、警告と注意だけは律儀にしてくるのだから堪らない。  ちょっとした事で家を引き合いに出されては叱責を受けるのに、嫌気がさしたのなど両手両足合わせても数え切れやしない。 『織部が膝を着くな』 『一度得れば二度も同じ。当然だろう』 『他人にくれてやるなど有り得ない。奪わせるなど論外だ』 『お前が織部の名を汚す事は決して許されない』  ……本っ当に、お堅い上に面倒な家である。  しかも、先程も言ったように、兄の性格は両親に似た。  そこからお察しのとおり、父もその妻である母も性格は似たり寄ったりでお話にならない。  なによりの悲劇は、唯一の希望であるはずの織部の血が混じっていない母までもが、イカれた思考回路を持つ人間だった事だろう。  織部の血縁者と比べればまだ人間性のある方かもしれないが、単純なプライドの高さや織部への執着が異常なところなんて正直、兄や父と大差無い。  俺が中等部からの寮生活にどれだけ感謝したことか。初めて心の底からこの学園に通っていて良かったと思ったくらいだ。  あんな家、ずっと居たら気でも狂ってしまう。  ────なんせあの家は、家族のみならず使用人まで冷めきっているのだから。  テストで1位をとった子供に対し『織部として相応しい結果で御座います。依臣様、お気を抜かぬよう』とかコメントしたり。  息抜きに出かけようものなら『どちらへ行かれるのですか? まだ予習の時間が一時間と十四分残っております。終えてからお出かけ下さいませ』 なんて、まるで囚人でも見張っているつもりかと言いたくなるような人間ばかりだった。  とはいえ、それも当然と言えば当然だ。そもそもそう言う人間でなければ、あの家で業務を続けるのは難しいのだから。  俺とてそんな事情に振り回されているくちだ。遅かれ早かれ潰れそうな新人は早めに保護し、問題が無くなるまで配置を調整したりと手を打っている。  世話をされるはずの人間が、逆に世話をしている気分にさせられるなんて、改めて面倒な家だと思う。  扱い辛い主人達に仕えるべく、表面上だけでも感情を殺す。そんなことも出来ない情の深い人間は、気付いた頃には居なくなっているのがオチだ。  息苦しいが、必然的にそうなるように出来ている家に生まれたからには割り切るしか無い。
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