織部色の人生

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   人集りを一度も気にする事なく去って行った三人の後ろ姿を見送り、俺は周囲の人集りに視線を巡らせて内心で肩を落とす。運の悪い事に風紀委員は居ないようだった。  彼らは生徒会三人組が去った後も漏れなくこちらを見ていたようで、ぐるりと一度ゆっくり見回しただけでも数人と目あった。  俺は妥当なところで巡らせていた視線を止め、可愛い系の生徒達何人かに対し、明確に苦笑した。  すると────  白い頬を赤く染め、何度も赤べこのように頷く彼らは、キャンキャン吠えながらちょこまかと走り回っては人集りを散らしていく。  体良く使って申し訳ないが、生徒会効果で集まったこの人数は、ひとりで散らすには流石に多すぎた。  しかし、あらかた散らしきったところで、キラキラした目で振り返ってくる数人の生徒に、俺は目を見張ることになった。  先程より近くなった位置に佇む彼らの胸元を見ると、ローマ数字の『二』が形作られた学年バッジ。  …………先輩だった、んですね。  うっかり使ってしまったではないか。  内心でしまったと思いながら「すみません、ありがとうございます。助かりました」と眉を下げて言えば、彼らは首が取れそうなほど左右に振ってくれた。  そうして「織部様に喜んでいただけて良かったです!」と上擦った声で叫び、残りの数人を引きずるようにして走り去っていってしまった。 「…………」  ……確かに、こういう姿を見せられると同性でも可愛いと思う気持ちが分からないでもないと、血迷ったことを考える。俺もしっかり学園に染まっているらしい。  さっき双子にノックアウトされた生徒たちの気持ちも、あーこれの何倍かの衝撃だったのかなと納得した瞬間だった。  …………て、今はそんな事よりも。 「ねぇ……そっちの子、大丈夫?」 「お、織部さまっ……!?」  あらかた散らされはしたが全員ではない。そして先程の問題の生徒は残った方に含まれている。  近付くと、目頭を抑えて蹲る小柄な生徒が苦しげに嗚咽を漏らしているのが分かった。  …………あー、恨まれたりしてたらどうしようかな。  正直一番心配なのは今後の自分の身の安全だが、とりあえず保健委員として彼のメンタルも気になるところである。  どうしたら鎮静化できるかな、とか考えながら彼の肩に手を伸ばした。  ────のだが。  それは彼の肩に届く前、ご本人によってがっしりと両手で握り込まれてしまった。  ちょ…………なになになになに。 「………………」 「………………」  待てども待てども無言の彼に、こちらも脳が停止しかける。  頼むから何か言ってほしい。怖い。 「…………えっと?」 「あ、あああの……っ、僕! 応援してます……!」  なんて健気なんだ、とは思わない。  俺は彼がじゅるりと口元の涎を拭い、限りなく小さな声で「もっとやれください」とか呟いたのを見逃さなかった。  あぁ、なんだ。ただの腐男子か。  それなら心配は無さそうだ。  この学園で長年問題視されている『制裁』と呼ばれる行為がある。  免罪符を見つけては、独善的に引き起こされるそれらの実態は警告に始まり、果てはリンチや強姦にまで及ぶ。  虐めの一言で片付けるにはあまりに残酷な行為だ。  そして、話を戻してその腐男子だが、彼らはそういった事はしない。まあ比較的平和な存在だ。  ……俺たちが“萌え”とやらの餌にされる事を除けば。  基本、腐男子に害はない。  言ってしまえば、迷惑の方向性が違うだけでもあるが。  まあごく稀に、視界に入れるのも憚られるほど非常に興奮した危なそうなのも居るが……あれは結構レアというか、色々極め過ぎてしまった少数派だ。  あれも全て一般的な腐男子としてカウントしてしまうと、流石に他の腐男子が不憫だ。  ……アレは別ものとして捉えるのが無難である。
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