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「あ、あの……」
高校生の学び舎にしては広く長い廊下を静かに歩く、そんな中。
「……お、織部様」
食堂で昼食を済ませた後、教室へと帰る途中。
掛けられた声に振り返ると、そこには見慣れたクラスメイトが立っていた。
「えっと、東屋先生が呼んでます」
「……そっか。ありがとう」
時刻を確認してみるが、もう授業が始まるまであまり余裕は無い。
「……急ぎみたいだった?」
「えっと……その、はい。……忙しそうに書類を分けてらしたので」
「……わかった。ありがとう」
そう言って口元を緩めれば、自分よりも幾分背の低い彼は頬を染めた。あ、とか、う、とか、口をもごつかせたかと思えば、気にするなとでも言うように激しく首を振ると、彼は最後にバッとお辞儀をしてどこかへ走り去ってしまった。
ところで教室はそっちではないのだが、彼はこんな際どい時間に一体何処へ行くつもりなのだろうか。
「…………」
まぁ……考えても仕方がない。
恐らくというか……確実にこの学校特有のアレのせいだろう。
ちなみに俺はその“アレ”に関して、さして抵抗が無い類の人種である。
所詮、俺も幼い頃から同じ環境で過ごしてきたクチである。それを加味すれば当然と言えば当然なのかもしれないが。
俺は自分と走り去って行った生徒を観察するような周りの視線を無視し、“東屋先生”が居るであろう保健室へと足を進めた。
────俺の名前は織部 依臣。
一応、今年花の16歳になる予定の、特に珍しくもない男子高校生である。
ちなみに先程の男子生徒の様子や、それに対するこちらの反応からもお察しかもしれないが、俺の容姿はそこそこ整っている。そして、そこにある程度の自覚も持ち合わせているタイプの人間だ。
別にひけらかすつもりは無いが、過剰に謙遜するつもりも無い。ただ事実としてそこにあるだけのもので、単なる遺伝だし運が良かったとしか思っていない。
ただ……まぁ、使えるものなので。
有難く使ってはいる、と言ったところだろうか。
顔なんてものは、些細な事故や老化で呆気なく使用不可になる生物だ。使える時に使っておくに限る。
そして顔の事もそうだが、自分の立場はよく理解しているつもりだ。
しかし、この不特定多数の人間がいる環境で感じる夥しい視線だけは、慣れたとしても鬱陶しい事には変わりがない。
まるで家にいる時と同じような不愉快さが襲って仕方がない。
この周囲からの関心は使いようによっては便利だが、如何せん欠点も多いのだ。
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