織部色の人生

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* * *  生徒会室の重厚な扉に備え付けられたベルを鳴らせば、一方通行のモニターが起動する。  あちらは映っていないが、モニターを通してこちらの様子が伝わっているはずなので、学年・クラス・名前、そして簡単に要件を伝えた。  暫くしてロックが解除されたのを確認し、扉を開ける。  壁際に簡易的な応接セットが置いてある短めの廊下を抜け、正面の一際品の良い扉をノックする。  ────···ガチャ。 「どうぞ」 「失礼します」  暗証番号付きの扉が開き、涼やかな声で中へと招き入れられた。……のだが、常ならば数人は役員がいるはずの執務室には、何故か彼一人しかいなかった。 「織部くん、よく来ましたね」 「お疲れ様です。副会長」  生徒会副会長、2年の文月(ふづき) 清志(せいじ)。  柔らかそうな亜麻色の髪はサラサラで羨ましい程に癖がなく、アイスブルーの瞳は彼の淡い髪色によく似合っている。 「今日は一人なんですね」 「ええ、そうなんです。先程やっとあの騒がしいサボり魔3人組を追い出せましてね」  扉の遥か向こうに居るであろう3人の役員たちへ、スっと冷めた目を向ける副会長。……恐らく、3人の役員とは会計と庶務の双子だろう。 「それはまた……大変でしたね」 「全くです。仕事もしないで騒ぐのですから、いい迷惑でした」  副会長は紛うことなき苦労性だ。  生徒会役員は一癖も二癖もあるため、ただでさえ舵取りが難しい。……だと言うのに、取り締まるべき当の会長がこれまた奔放なタイプなのだ。  必然的に彼に次ぐ役職である副会長が、迷惑を被る事になってしまっているのが現状のようだ。 「会長はまたふらふらとほっつき歩いているのでしょうし、伊織は昼前から見ていないので……何処かで昼寝でもしているのでしょうね」  副会長は機嫌悪そうに眉を下げ「伊織も会長も急ぎの書類は全て片付けてあるようですし、支障はないのですが……」と、不満そうに零す。  しかし、副会長は先程と打って変わって美しく微笑むと、それはそれは幸せそうに呟いた。 「とにかく、あのお馬鹿3人には戻ってくる際に風紀へのお使いを言いつけたので。ようやく、暫くは静かに過ごせます」  ……お馬鹿3人。  静かに過ごせるだけでこんな笑顔になるなら、彼の親衛隊は喜んで奮闘するだろうが……残念ながらこれは、曰く“お馬鹿3人”に彼らの嫌いな風紀へお使いを頼んで鬱憤を晴らせたからこそ、見られる笑顔だろう。流石に親衛隊には荷が重そうだ。 「ところで織部くんの用事は……あの怠け者の書類を届けに来てくださったようですね」 「そうですね」 「わかりました。処理しておきます」  俺は“怠け者”という部分はあえて否定せず頷くと、副会長に書類を渡す。しかし、彼はそれを受け取るなり直ぐに自席に置いて、踵を返して戻ってきた。 「他にも回られてきたのでしょう?」 「まぁ、数ヶ所」 「そうですか、それはお疲れでしょう。……では今日も、飲まれて行きますよね?」  副会長の有無を言わせない、と言ったような貼り付けた笑みに苦笑する。  生徒会室へ書類を届けに来ると、毎度の如く長くなる。  俺はもうそれを分かっているため、最後に来るようにしている。  今回も他のものは全て先に回ってきたので、特に問題はない。……俺が授業に出られないということ以外は。  とはいえ、まぁ答えなんて初めから決まっている。  俺の中でも、彼の中でも。 「はい、喜んで」  そう言って、俺は穏やかに微笑んだ。
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