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恰幅の良い初老の男が、孔明へ、声をかけてきた。
「いやはや、やっと会えましたなぁ。諸葛亮殿」
中庭に面した回廊。差し込んでくる日差しが、孔明の顔をまともに照らす。
まぶしさから、目を細めつつも、日の高さを見て、ああ、もう、昼時か……。などと、余計な事を思うほど、孔明は、この人物と言葉を交わしたくなかった。
とはいえ、劉備の元に仕えたばかりの新参者である孔明。前にいる、ここ、荊州の有力豪族、蔡瑁を無視する訳にはいかない。
この蔡瑁という男は、州牧である、劉表を、中央から赴任して来た時から支えている重鎮中の、重鎮。そして、幸か不幸か、孔明とは、義理ではあるが、親戚関係にあたる男だった。
妻の黄夫人の母親は、この蔡瑁の姉にあたり、劉表の妻も、蔡瑁のもう一人の姉という、右を見ても、左を見ても、縁者、という、実に居心地の悪い状態だった。
と、いうことで、劉表の元で客将なる名目で、ぶらぶらしている劉備に、なぜ、仕えたのかと、皆に、鞍替えを言い渡されつつの日々。こちら側へ来いとばかりに、ちやほやされ、孔明は、しごく、迷惑な毎日を過ごしていた。
そして、今、義理の叔父にあたる蔡瑁と、二人きりになっているのだが……。
「して、劉備殿は、これから、どのように?」
蔡瑁は、こちらが触れられたくないことを、問うてきた。
これからもなにも、北の曹操、南の孫権に、挟まれるこの地では、今はあがき損。暫くは、劉表の影で、この地を国、と、すべく人材集めに尽くす。
つまり、天下を三分し、曹操達と互角に渡り合える国をつくる。そして、最後には、他の二国も手中におさめる──。
劉備となら、その夢も叶えられる。孔明は、そう、願っていたが、ふたを開けると、蔡瑁が、劉表を操っている状態で、曹操とも裏で繋がっているという噂まであっては、動くに動けない。
なによりも、親戚関係というものが、一番邪魔をした。
「で?」
前の御仁は、せっついて来る。
「はあ、これから、ですか。はい、劉備様には、晏子について、深くご理解頂く予定です。おっと、教授の時がせまっておりますので、これにて……」
孔明は、深く頭を下げ、蔡瑁に意見させる間を与えることなく、足早に立ち去った。
背後から、「まったく!なんだ、使えん男ではないか!」と、愚痴る声がする。
はあー、と、肩を落として息をつく、孔明に、はははは、と、笑い声が、被さって来た。
「おお、徐庶ではないか」
「どうだ、諸葛亮よ、宮仕えというやつは」
「ああ、なかなか難しいものだな。だが、黄夫人から、とにかく、頭を深く下げておけと、言われて……、うん、役に立っている」
「はあー、あいかわらずの、惚気か」
徐庶は、肩を揺らした。
「いやはや、諸葛亮よ、お前も、大変だな」
初めは、重鎮の親族とやっかみを受けていたが、劉備に仕える者は、孔明の才に舌を巻いた。そして、肩身の狭い者通しと、何かと腹を割って話すようになった。
勿論、天下を三分する考えも──。
今では、皆、先に待つ夢へ向かって、各々、密かに歩んでいる。才能、人望ある人間を、劉備の為に、探しているのだ。
「いや、徐庶。お前がいなければ、私は、ここにいなかっただろう。そうして、劉備様とも、お会いできなかった……」
「ですが、今は、こうして、共におれますよ、先生」
孔明と徐庶は、その聞き慣れた声に、慌てて頭を下げた。
「いやいや、二人共、そのようにかしこまらなくとも……」
笑いながら、劉備が言う。
そして、何かと不自由をかけてすまぬと、詫びた。
「特に、諸葛亮先生には、板挟みにしてしまい、申し訳なく思っております」
「やっ、そ、そのですね、劉備様、その、先生というのは、ちょっと……」
はて?と、首をかしげる劉備に、
「おお、諸葛亮よ、劉備様に御教授するのではなかったのか?」
徐庶が、何か、背を押すような事を言い、
「二人で、そこの所は、じっくり、お話なされませ」
と、劉備に進言した。
では、続きは私の部屋でと、劉備に言われるまま、孔明は後を追う。
「そして、そこのお二人も」
中庭の茂みに向かって、徐庶は声をかけた。
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