軍師の嫁取り 7~戦の前には嫉妬あり~

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そこへ、はあはあと、息を切らせながら、菜児が、飛び込んで来た。 「父ちゃん!市場の元締めに、宿屋街に、馬丁(ばてい)に、城門の見張りに、声かけてきた!」 「おー、そうか、菜児、すまねーな。で?」 「うん、若い衆を、交代で、後をつけさせてる。あいつは、ただの、薬の行商なんかじゃない。玄人だよ」 やっぱりなぁ。と、全陵(ぜんりょう)は、渋い顔をする。 「諸葛亮の、旦那、こりゃー、そろそろってことですかねぇ」 「おや、父上様も、そう思いますか?」 言ったきり、二人は、うーんと、唸り合った。 「諸葛亮よ!分かるように言ってくれ!」 沈黙に浸る孔明に、関羽が焦れた。 「あ、ああ、はい。あの、商人とやらの、上着です。継ぎ接ぎだらけ、それは、良いでしょう。あちらこちら、巡って商っているのですからね。ただ、継ぎ接ぎの強度を高める、刺し子が……。あの、模様は、北で良く刺されている意匠です。さらに、継ぎの厚さが、幾重にもなっている。寒さ対策も兼ねているのでしょう。まあ、商人です。北方で、たまたま、古着を買った、と、言えばそれまでのことですが……しかし、私の事を知りすぎている。誰と縁戚かなど、()の者でない人間が、どうして知っているのでしょう?そして、そのような、探りを、わざわざ、国、でもない、単なる、州に、仕掛けてくると言うことは……」 「あっちは、ここいらより、寒さが厳しい、そして、早くやってくる。冬の間は、土地は凍りつき、農作物は、実らない。秋の収穫時が終れば、農民は、さっぱりだ。しかし、年貢は納めなきゃーいけねぇ。と、なると、余所へ出稼ぎに出る者が増えるんでさぁ。ここにも、流れてきますがね、うちとしちゃー、それも、稼ぎ時となる。しかし……」 出稼ぎに、あぶれる者もいる。 そうなると、手っ取り早く金になる、その他大勢、頭数揃えの歩兵に志願するのだと、全陵は言った。 「つまり……そろそろ……北は……」  言ったきり、関羽は、黙りこんだ。 「徐庶、あなたは、どう思いますか?」 孔明は、全陵の話しに頷きながらも、自分とは異なる洞察力を持つ、友へ問うた。 「ああ、そうかもしれんし、そうでないかもしれん。そうだなぁー、諸々、動いているのは、確かだろう。まあ、あの男の身元は、由として、孔明、我らが、賭場にいた、ということを、あの男に、知られてしまった事は、まずくないか?」 あの、行商人らしき男が、劉表(りゅうひょう)蔡瑁(さいぼう)の、名前を出して来たのは、なぜか。 北の曹操が、と、いうよりも、これは、足元から崩される可能性があるのではないか? 徐庶の指摘に、孔明は、小さく唸った。 「なるほど……狙いは、劉備様か。よし!城へ戻りましょう。そして、劉備様にも、事情を知っておいてもらいます」 「ああ、蔡瑁に、つけ込まれぬうちに、手を打っておいた方がよかろう」 孔明と、徐庶のやり取りを見ていた月英が、旦那様!と、言って、いきなり頭を下げた。 「あ、あ、あれ、黄夫人?!ど、どうしました!!あ、あの、私、何か、しでかしましかっ?!」 「いえ!!私が、軽はずみに、賭場になど、足を運んだから……」 厄介事の理由を作ってしまったのだと、月英は、顔をこわばらせている。 「あーーー!ち、ちがいます!!黄夫人は、関係ない!!むしろ、お手柄ですよ!!こうして、賭場にいなければ、おかしな動きがあると、気がつかなかったのですからっ!!!こちらこそ、助かりました!!!」 言って、孔明も、深々と頭を下げた。 「……諸葛亮よ、何やってんだ? 」 「ああ、徐庶、何かあれば、頭を深く下げておけと、黄夫人に言われていて……なので……下げている」 それ、違うだろ! 関羽、全陵、ついでに、菜児も呆れたが、豪快な徐庶の笑いに、すべてかき消された。 「で、結局、惚気か!」 ハハハと、皆、徐庶につられて笑った。 「なんじゃー?!やけに、楽しそうじゃのお、ワシも入れてくれ!」 張飛が、口をとがらせながら、仲間はずれにされたと、ぶつくさ言いながら、やって来た。 「城へ、皆で戻るぞ!」 「あ、ああ、そりゃいいが、皆でとは?関羽の兄じゃ?」 関羽も張飛も、劉備に付き従い、劉表の居城であり、官庁でもある、城に居候しているが、孔明、徐庶は、それぞれ、住みかがあり、通いの身の上。そして、お役目の時間は、とっくに過ぎており、二人とも、退庁している。 「あー、そうですねー、忘れ物を取りに戻ったなどと、小さな理由では、収まらないでしょう……そうだ!」 あれは?と、孔明が先を見た。 「……酒壺だが……、おお!酒盛りかっ!!」 「うん!それがよい、劉備様を交えて、酒盛りだ!」 「ちょっとー!関羽!あの壺は、もう、空だぞ!皆が、あっという間に、飲み干してしまったじゃないかー!」 菜児や、と、月英が、声をかける。 「水を入れなさい。酒盛りは、単なる理由付け、もしも、誰かに、見つかった場合に備えて、水を入れておくのです。ぱっと見、酒だか、水だか、わかりませんからね」 「あー!!はいっ!!奥様!!」 水だぁー!と、若い衆に指示する菜児に、よし、馬を回せ!と、賭場は、いっきに、あわただしくなった。 「へぇー、なかなか、やるもんですなぁ」 「ええ、今はまだ、表舞台に立てませんが、その時が来たら、きっと……」 「ねえさん、ありゃー、やりますよ、あの方々なら……」 月英と全陵は、城へ向けて、賭場を出て行く男達を、誇らしげに見た。
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