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同じ頃、まさか妻が、賭場で双六に興じているとは、露知らず、お役目を終えた孔明は、屋敷へ戻っていた。
とはいえ、この屋敷も、使用人も、仕官した祝いとして、妻、月英の父から与えられた物であるから、孔明としては、どことなく、居心地が悪いものだった。
おかえりなさいませ、と、ずらりと侍女が並んで、孔明を出迎える。
「あっ、はい、ただいま戻りました」
一応、自分の住みかではあるが、いつまでたっても、この出迎えは、慣れない。
「えーと、黄夫人は……、黄夫人に、帰宅の挨拶を……」
あの、村の家ならば、孔明の出迎えも、月英は弟の均と、先に食事を摂っていたりで、あら?お帰りでした?などと、忘れられることが多かった。
意外と、その方が、おや、今日は、何を食べているのです?などと、気軽に、帰宅できたのだが、今は、帰宅時間もほぼ、決まりきっている為に、ずらりと並ばれ、迎えられる。
そして、この列に、妻はいない。
正妻は、奥に籠っているものらしく、孔明は、黄夫人と、月英を、追っかけなければならなかった。
しかし、その姿が侍女達には、滑稽に写るようで、くすくす笑われていたのだが、今日は、なぜか、奥様なお出かけですと、伝えられた。
おそらく、月英に命じられていたのだろう、淡々と、いや、渋々、口を動かしているのが、まる分かりだった。
「そうですか」
と、孔明が、答えると、これまた、待っていたかのように、返事が続く。
「菜児の、実家へ挨拶へ行かれました。遅くなっても、心配はいりません。お付もちゃんとおりますから」
「はあ、そうですか……」
と、つい気の抜けた返事をしたが、孔明は、はたと、気がついた。
「ちょっと!!なぜです?!なぜ、止めなかったのですかっ!!!」
いきなりの、怒鳴り声に、侍女達は、ポカンと呆けるばかり。
何より、孔明の方が、動きが速かった。
こりゃー、いかん!だめでしょ!まったくもってっ!!
と、執拗に文句を言いながら、駆け出した。
「あらまっ!」
夫の心、妻知らず。か、知ってか──。その頃、月英は……。
またもやの、勝ちに、いたくご機嫌だった。
勝ち負けを記す、勝負表には、勝利の印縦線が、月英側に、ずらりと書かれている。
「……あのぉー、そろそろ、御屋敷にもどらないとぉ」
菜児が、月英を促した。
「お?なんだぁ?これからだぞ。夜、が、もっと盛り上がるんだ!菜児!」
父親の全陵は、差し入れの酒を、手下達と、柄杓で回し飲みしている。
「あー、完全に、酔っぱらってるよ」
ため息をつく菜児に、
「おお、お前の父ちゃんの言う通りだ!夜の、賭場は盛り上がる!」
と、張飛が嬉しげに語りかける。
「げっ、張飛、お前もかよ!まったく、飲んだくれなんだからっ!!」
見れば、徐庶は、ぐうぐうイビキをかきながら寝入ってしまっており、関羽と、張飛は、顔を真っ赤にして、賭け札に興じていた。
「はあー、皆、ただ酒となると……もう!!!」
菜児が、呆れる脇で、良い目が出たのか、月英が歓喜の声を上げている。
「あーもうー、収集つかないよー!旦那様に見つかったら……」
「はい!!もう、見つかっておりますよ!!」
菜児のぼやきに合いの手が入った。
「菜児!ここが、賭場で、合っていますか!!随分、探したのですが、どうも、良くわからない!!」
「ああ……旦那様……ここは、賭場ですって、ええっ!!!」
「ほお!そりゃーよかった!」
驚く菜児など、お構い無しで、真顔でとぼけた事を言う主は、孔明その人だった。
「で、黄夫人を、迎えに来たのですが、いったい、どこに?菜児の父上に、挨拶へ行ったと聞いて……慌てましたよ」
ですよね、そうですよね、と、菜児は、ボソボソ答えた。何しろ、場所が、場所、そして、きゃー!とか、声を上げ、勝利に酔った月英が、いるのだから。
「さて、私も、ご挨拶に。黄夫人にばかり、任せては、いけませんからね」
はい?!なんですか?!
菜児は、固まった。
まあ、幾らか、変わった人とは思っていた。しかし、それが、才能ある、つまり、天才肌というものなのだと、月英に聞かされており、均も、同様に、変わってはいるが、兄上は、タダ者じゃない。と、耳にタコができるほど、菜児は、聞かされていた。
そう、聞かされていた、のだが、これは?どう、理解すれば良いのだろう?
まて、実は、朗らかに、すっとぼけた振りをして、そう、実は、おもいっきり、嫌みを言っているのでは?
「えっと、まず、お父上への挨拶ですよねぇ」
……な、訳はないか。
孔明の、天然ぶりに、菜児はどうすべきか、頭を悩ました。
残念ながら、頼れる人は、いない。
酔っばらっているか、賭け事に夢中か、そのどちらかだからだ。
と──。
「やっだあー!!またぁーー!」
勝負に勝った、月英の声が響いた
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