軍師の嫁取り 7~戦の前には嫉妬あり~

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同じ頃、まさか妻が、賭場で双六に興じているとは、露知らず、お役目を終えた孔明は、屋敷へ戻っていた。 とはいえ、この屋敷も、使用人も、仕官した祝いとして、妻、月英の父から与えられた物であるから、孔明としては、どことなく、居心地が悪いものだった。 おかえりなさいませ、と、ずらりと侍女が並んで、孔明を出迎える。 「あっ、はい、ただいま戻りました」 一応、自分の住みかではあるが、いつまでたっても、この出迎えは、慣れない。 「えーと、黄夫人は……、黄夫人に、帰宅の挨拶を……」 あの、村の家ならば、孔明の出迎えも、月英は弟の均と、先に食事を摂っていたりで、あら?お帰りでした?などと、忘れられることが多かった。 意外と、その方が、おや、今日は、何を食べているのです?などと、気軽に、帰宅できたのだが、今は、帰宅時間もほぼ、決まりきっている為に、ずらりと並ばれ、迎えられる。 そして、この列に、妻はいない。 正妻は、奥に籠っているものらしく、孔明は、黄夫人と、月英を、追っかけなければならなかった。 しかし、その姿が侍女達には、滑稽に写るようで、くすくす笑われていたのだが、今日は、なぜか、奥様なお出かけですと、伝えられた。 おそらく、月英に命じられていたのだろう、淡々と、いや、渋々、口を動かしているのが、まる分かりだった。 「そうですか」 と、孔明が、答えると、これまた、待っていたかのように、返事が続く。 「菜児の、実家へ挨拶へ行かれました。遅くなっても、心配はいりません。お付もちゃんとおりますから」 「はあ、そうですか……」 と、つい気の抜けた返事をしたが、孔明は、はたと、気がついた。 「ちょっと!!なぜです?!なぜ、止めなかったのですかっ!!!」 いきなりの、怒鳴り声に、侍女達は、ポカンと呆けるばかり。 何より、孔明の方が、動きが速かった。 こりゃー、いかん!だめでしょ!まったくもってっ!! と、執拗に文句を言いながら、駆け出した。 「あらまっ!」 夫の心、妻知らず。か、知ってか──。その頃、月英は……。 またもやの、勝ちに、いたくご機嫌だった。 勝ち負けを記す、勝負表には、勝利の(しるし)縦線が、月英側に、ずらりと書かれている。 「……あのぉー、そろそろ、御屋敷にもどらないとぉ」 菜児が、月英を促した。 「お?なんだぁ?これからだぞ。夜、が、もっと盛り上がるんだ!菜児!」 父親の全陵(ぜんりょう)は、差し入れの酒を、手下達と、柄杓で回し飲みしている。 「あー、完全に、酔っぱらってるよ」 ため息をつく菜児に、 「おお、お前の父ちゃんの言う通りだ!夜の、賭場は盛り上がる!」 と、張飛が嬉しげに語りかける。 「げっ、張飛、お前もかよ!まったく、飲んだくれなんだからっ!!」 見れば、徐庶(じょしょ)は、ぐうぐうイビキをかきながら寝入ってしまっており、関羽と、張飛は、顔を真っ赤にして、賭け札に興じていた。 「はあー、皆、ただ酒となると……もう!!!」 菜児が、呆れる脇で、良い目が出たのか、月英が歓喜の声を上げている。 「あーもうー、収集つかないよー!旦那様に見つかったら……」 「はい!!もう、見つかっておりますよ!!」 菜児のぼやきに合いの手が入った。 「菜児!ここが、賭場で、合っていますか!!随分、探したのですが、どうも、良くわからない!!」 「ああ……旦那様……ここは、賭場ですって、ええっ!!!」 「ほお!そりゃーよかった!」 驚く菜児など、お構い無しで、真顔でとぼけた事を言う(ぬし)は、孔明その人だった。 「で、黄夫人を、迎えに来たのですが、いったい、どこに?菜児の父上に、挨拶へ行ったと聞いて……慌てましたよ」 ですよね、そうですよね、と、菜児は、ボソボソ答えた。何しろ、場所が、場所、そして、きゃー!とか、声を上げ、勝利に酔った月英が、いるのだから。 「さて、私も、ご挨拶に。黄夫人にばかり、任せては、いけませんからね」 はい?!なんですか?! 菜児は、固まった。 まあ、幾らか、変わった人とは思っていた。しかし、それが、才能ある、つまり、天才肌というものなのだと、月英に聞かされており、均も、同様に、変わってはいるが、兄上は、タダ者じゃない。と、耳にタコができるほど、菜児は、聞かされていた。 そう、聞かされていた、のだが、これは?どう、理解すれば良いのだろう? まて、実は、朗らかに、すっとぼけた振りをして、そう、実は、おもいっきり、嫌みを言っているのでは? 「えっと、まず、お父上への挨拶ですよねぇ」 ……な、訳はないか。 孔明の、天然ぶりに、菜児はどうすべきか、頭を悩ました。 残念ながら、頼れる人は、いない。 酔っばらっているか、賭け事に夢中か、そのどちらかだからだ。 と──。 「やっだあー!!またぁーー!」 勝負に勝った、月英の声が響いた
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