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「ちょいと!そこの旦那がた、聞いてくださいな!」
なんだなんだと集まって来た男達に、月英は、容赦なく声をかけ、自分の話を押し通そうとしている。
皆、ぽかんとしながら、言われるままに、大人しく座って月英を見上げていた。
「この、野人、あたいのことを、姐じゃ、などと、懐いてきやがる!なんて、はた迷惑な話なんだろうねぇ!」
一同は、ざわついた。
賭場荒らしで、手におえない、荒くれ者に、懐かれるとは、いったい……。
「ねえさん!そりゃー、あんたに近寄って、どうこうしようとしてんじゃねぇか!!」
客の一人が叫ぶ。
つられて、そうだ、そうだ、危ねぇぞ!と、ヤジがあがり、場は、騒然となった。
「そう、あたいもね、そんなことじゃーないのかと、思いましたよっ!!ですがねぇ、こいつら、見かけ倒しの器の小さいこと!!そんなで、あたいに、手がだせるもんかってねぇー」
なにか、鼻であしらう月英の様子に、周りはさらに、ざわついた。
「あーー、旦那様、はじまっちゃいましたよーー!奥様の独演会!」
「ああ、なんで、黄夫人は、あたい、からはじまるんでしょうねぇ。まったく、いつから、あのような俗な言葉を使うようになったのやら……」
いやいや、そこじゃないだろうよ!と、菜児は、隣で首をかしげる孔明を見る。
賭場に集まる男など、頭の中は空っぽで、単純なやつらばかり。そんな、相手に、まともな話が通じる訳がなく、そして、何がきっかけになって、暴れだすかもわからない。
菜児は、これから、何が起こるかわからないのにと、はらはら、した。しかも、それを止める役割の、父親までも、月英の話に聞き入っている始末だった。
「あー、もうー、だめだ。旦那様、私たちだけでも、ここは……」
いざという時のために、避難を促す菜児だったが、しっ、と、孔明が、人差し指を口元へ当てた。
「なんだか、話の流れが、おかしいですよ?」
だから、逃げといた方がいいんですよっ!と、菜児は、言いかけたが、確かに、何か、おかしい。
「……この者達は、れっきとした武人。幾多あまたの戦にも参加して来た男達なのに、なんと、主君をとられたと、人の屋敷でタダ飯を食らい、羹の器が小さいと、愚痴る始末!」
はっ?!と、皆、固まり、一瞬間ができる。が、たちまち、笑いの渦に包まれた。
「いやー、なんだそれ」
「ちっちぇー男だなあー」
「いや、女々しいって、やつだろ」
「器、違いときたかっ!!」
皆、口々にあーだこーだ言いながら、関羽と張飛を見た。
痛い所を突かれ、正直参った二人だったが、皆の手前、ここは、平然とすべきとばかりに、
「ははは、たかだか、女の戯れ言に、乗っかって、お前たちは、何を言っているのやら」
と、関羽が、余裕を見せようとした。その隣で、張飛も、うんうんと、頷いている。
「いや、ちょっと待ってください。おかしいですね。確か、姐さんと慕っていたはず。それを、女呼ばわりは、ないんじゃないんですか?」
いきなりの、とんちんかんな、つっこみに、皆は、言う男を見た。
孔明が、相変わらず、首をひねっている。
「うーん、兄じゃ、なのか、姐じゃなのか、それとも、女なのか、はっきりしない話だなあ」
「旦那様ーーー!もう、いいからっ!」
菜児が、孔明の袖を引っ張った。
「さすが!鋭い!そこ、そこなんですよ、皆様!」
勢いづく、月英へ、皆の視線は、再び戻った。
「兄と、慕う、主君が、新参者を可愛がる。それに、嫉妬して、あたいに、姐じゃと、懐いてくるということは、ちょいと!あたいが、野人達の主君になるってことですかっ!!」
おおお!!!と、場が、揺らぐ。
「確かに、どっちつかずだ」
「男か女か、はっきりしろっ!」
「いや、仮にも、主君だろ?裏切りじゃーねーのか?」
「っていうか、新しい奴が、入って来たぐれーで、嫉妬って、なんだよ?!」
「そりゃー、逃げられたらいけねーから、最初は、新しい奴を、ちやほやするもんだろ?」
おお、そうだ、そうだ、てめーらが、いちばん、理屈がわかってねぇーんだよ!
関羽と張飛は、飛んでくる、ヤジにしどろもどろになっていた。
確かに、言われてみれば、その通り、自分達が、浅はかすぎた、とは、わかる。が、なにも、この場で、責めなくともいいだろう。それも、単に、姐じゃ、と、呼んだだけで、どうして、こうなると、関羽は、渋い顔をし、張飛は、怒りからか、顔が真っ赤になっている。
「別に、用無しと言われたわけでもないのに、なんで、嫉妬するまで、一人の主君にこだわるんですか?待遇に不満なら、辞めれば良いでしょう」
「くぅーー!!我らのことなど知りもせず、なにが、辞めれば、だっ!!!」
張飛が、怒りのあまり、ブルブルと震えていた。そして、今にも、握る燭台を、投げつけようとしている。
うわあーー!!出たぞっ!張飛の火付けだ。
皆が一斉に叫んだ。
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