軍師の嫁取り 7~戦の前には嫉妬あり~

7/10
前へ
/10ページ
次へ
「ちょいと!そこの旦那がた、聞いてくださいな!」 なんだなんだと集まって来た男達に、月英は、容赦なく声をかけ、自分の話を押し通そうとしている。 皆、ぽかんとしながら、言われるままに、大人しく座って月英を見上げていた。 「この、野人、あたいのことを、姐じゃ、などと、懐いてきやがる!なんて、はた迷惑な話なんだろうねぇ!」 一同は、ざわついた。 賭場荒らしで、手におえない、荒くれ者に、懐かれるとは、いったい……。 「ねえさん!そりゃー、あんたに近寄って、どうこうしようとしてんじゃねぇか!!」 客の一人が叫ぶ。 つられて、そうだ、そうだ、危ねぇぞ!と、ヤジがあがり、場は、騒然となった。 「そう、あたいもね、そんなことじゃーないのかと、思いましたよっ!!ですがねぇ、こいつら、見かけ倒しの器の小さいこと!!そんなで、あたいに、手がだせるもんかってねぇー」 なにか、鼻であしらう月英の様子に、周りはさらに、ざわついた。 「あーー、旦那様、はじまっちゃいましたよーー!奥様の独演会!」 「ああ、なんで、黄夫人は、あたい、からはじまるんでしょうねぇ。まったく、いつから、あのような俗な言葉を使うようになったのやら……」 いやいや、そこじゃないだろうよ!と、菜児は、隣で首をかしげる孔明を見る。 賭場に集まる男など、頭の中は空っぽで、単純なやつらばかり。そんな、相手に、まともな話が通じる訳がなく、そして、何がきっかけになって、暴れだすかもわからない。 菜児は、これから、何が起こるかわからないのにと、はらはら、した。しかも、それを止める役割の、父親までも、月英の話に聞き入っている始末だった。 「あー、もうー、だめだ。旦那様、私たちだけでも、ここは……」 いざという時のために、避難を促す菜児だったが、しっ、と、孔明が、人差し指を口元へ当てた。 「なんだか、話の流れが、おかしいですよ?」 だから、逃げといた方がいいんですよっ!と、菜児は、言いかけたが、確かに、何か、おかしい。 「……この者達は、れっきとした武人。幾多あまたの戦にも参加して来た男達なのに、なんと、主君をとられたと、人の屋敷でタダ飯を食らい、(スープ)の器が小さいと、愚痴る始末!」 はっ?!と、皆、固まり、一瞬間ができる。が、たちまち、笑いの渦に包まれた。 「いやー、なんだそれ」 「ちっちぇー男だなあー」 「いや、女々しいって、やつだろ」 「器、違いときたかっ!!」 皆、口々にあーだこーだ言いながら、関羽と張飛を見た。 痛い所を突かれ、正直参った二人だったが、皆の手前、ここは、平然とすべきとばかりに、 「ははは、たかだか、女の戯れ言に、乗っかって、お前たちは、何を言っているのやら」 と、関羽が、余裕を見せようとした。その隣で、張飛も、うんうんと、頷いている。 「いや、ちょっと待ってください。おかしいですね。確か、姐さんと慕っていたはず。それを、女呼ばわりは、ないんじゃないんですか?」 いきなりの、とんちんかんな、つっこみに、皆は、言う男を見た。 孔明が、相変わらず、首をひねっている。 「うーん、兄じゃ、なのか、姐じゃなのか、それとも、女なのか、はっきりしない話だなあ」 「旦那様ーーー!もう、いいからっ!」 菜児が、孔明の袖を引っ張った。 「さすが!鋭い!そこ、そこなんですよ、皆様!」 勢いづく、月英へ、皆の視線は、再び戻った。 「兄と、慕う、主君が、新参者を可愛がる。それに、嫉妬して、あたいに、姐じゃと、懐いてくるということは、ちょいと!あたいが、野人達の主君になるってことですかっ!!」 おおお!!!と、場が、揺らぐ。 「確かに、どっちつかずだ」 「男か女か、はっきりしろっ!」 「いや、仮にも、主君だろ?裏切りじゃーねーのか?」 「っていうか、新しい奴が、入って来たぐれーで、嫉妬って、なんだよ?!」 「そりゃー、逃げられたらいけねーから、最初は、新しい奴を、ちやほやするもんだろ?」 おお、そうだ、そうだ、てめーらが、いちばん、理屈がわかってねぇーんだよ! 関羽と張飛は、飛んでくる、ヤジにしどろもどろになっていた。 確かに、言われてみれば、その通り、自分達が、浅はかすぎた、とは、わかる。が、なにも、この場で、責めなくともいいだろう。それも、単に、姐じゃ、と、呼んだだけで、どうして、こうなると、関羽は、渋い顔をし、張飛は、怒りからか、顔が真っ赤になっている。 「別に、用無しと言われたわけでもないのに、なんで、嫉妬するまで、一人の主君にこだわるんですか?待遇に不満なら、辞めれば良いでしょう」 「くぅーー!!我らのことなど知りもせず、なにが、辞めれば、だっ!!!」 張飛が、怒りのあまり、ブルブルと震えていた。そして、今にも、握る燭台を、投げつけようとしている。 うわあーー!!出たぞっ!張飛の火付けだ。 皆が一斉に叫んだ。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加