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「張飛殿!!!」
腹立ち紛れに、今にも、燭台ごと、火のついた蝋燭を投げつようとしている張飛へ、孔明が血相を変えて、駆け寄った。
「な、なんじゃ、お、お主!」
孔明の勢いに押されて、張飛は、一瞬たじろぐが、孔明は、お構いなしで、張飛の前へやって来ると、蝋燭の火を吹き消し、燭台を奪い取った。
昼間ではあるが、窓のない、箱の中のような作りの部屋では、燭台一つの明かりが消えただけで、たちまちに、薄暗くなる。
そもそも、逃げ隠れしながら行う事を、やっている場所。それだけに、客の身元が割れてしまわないように、昼も夜も薄暗くし、灯りの数も押さえている。
とは、一つの言い訳で、いかさま勝負をバレにくくするのが、一番の目的だった。
と、言っても、余りに暗いと、手元が見えず、勝負に差し支えが出てくる。そうゆう事情から、手元用の燭台も用意されてはいたのだ。
しかし、その火のついた蝋燭ごと、放り投げられては、たまらない。
孔明が、張飛の持つ炎を吹き消した事で、皆からは、拍手喝采が巻き起こった。
「蝋燭の滴が、垂れておりました。もしも、手に落ちてしまったら、火傷をしてしまいます!」
「なっ!そんなものぉ!!」
張飛は、周囲の喜び具合に、面子を潰されたと、孔明へ、掴みかからんばかりの勢いを見せる。
「火傷を甘く見てはなりませんよ!もし、酷くなってしまったら、張飛殿、あなたは、戦場で、自慢の槍を持つことも、太刀を振るうこともできなくなります!!重大なる戦力の損失です!!!これは、一大事ですぞ!!」
言う、孔明の勢いは、怒り狂う張飛を押さえた。
なぜ、この男は、見せたこともない槍のことを、話したこともない、実は、槍の達人であるという事を知っているのだろうと、疑問が湧いたからだ。
ところが、
「熱っ!!」
孔明が声を上げた。
「旦那様!!」
月英が、慌てて、駆け寄った。
「もう!!人の心配している場合ですかっ!蝋燭の滴が、手に垂れたのですね?!」
水を!と、叫ぶ月英に、張飛は、ワシは、ワシは、と、おろおろするばかりだった。
「関羽!!野人を捕まえとけっ!!邪魔だっ!」
菜児が、叫びながら、たらいに張られた水を運んで来る。
月英は、孔明の手を取り、用意された、たらいの水の中へ浸けた。
「あー、大丈夫ですよ。これしき、ちょっと、火傷したかな、ぐらいですから」
「それが、損失になると、ご自分でおっしゃったでしょ!!」
はあ、まあ、言いましたけど、それは、私のことではなくて、と、月英の剣幕に負けた孔明は、ゴニョゴニョ言っている。
「あーその、なんだ、どうして……」
関羽が、言い渋った。
「ええ、ええ、旦那様は、あなた方の、兄じゃ様から、お二人のことばかりを聞かされてて、少し、飽きて来ているところなのです」
「い、いや、ちょっと!わ、私は、なにも!!いい加減にしてほしいとは、思ってますよって、あっ!」
言ってしまいました、と、孔明は、うなだれた。
「それなのに、とった、とられたと、嫉妬して。早く、人におなりなさいな!」
違いねぇー、さすがは、姐さんだ!と、菜児の父、全陵が言った。
「菜児よ、おめぇーの、旦那様は、すげぇなぁー、さすがの父ちゃんでも、火を持った張飛は、押さえられねぇ」
「うん!でも、父ちゃん、旦那様より、奥様の方が、すごいんだ!」
「おお、おやじ様の、黄承彦様も、かなりのもんだからなぁ。そうかも、しんねぇーなぁー」
ちょっと待った!!と、野次馬化している、客達が声を揃えて言った。
「黄承彦って、ことは!!!」
まずい!と、孔明と菜児が、叫ぶ。
「あーーーー!!!あーーー!あれ、あれですね、醜女だなんだと、いう、あれねっ!!はい、はい、はい」
しごくご機嫌斜めになった、月英へ、皆は、いやいや、奥様のことであって、ねえさんは、べっぴんだぁー、などと、機嫌をとるが、
「あー、そー、いやー、夫を顎でこき使うとか、悪妻どころか、実は、人ではないってまで噂がありますよねー」
と、皆の努力を台無しにする、一言が流れてきた。
目覚めた徐庶が、千鳥足で、皆の所へやって来て、面白そうな話しじゃないかと、加わろうとしている。
「人じゃないって……じゃー!私は、なんなんですかっ!!!」
「えっ!!奥方っ!!いらしたとっ!」
「徐庶!!!こっちへ、こっちへ来るのじゃ!!ワ、ワシら、早う人になりますので、ここは、ひとつ!!姐じゃ様!!」
「うっせぇーよー野人は、だまってろっ!!」
ああっ、だめだっ!!
孔明と、菜児が、再び叫ぶ。
全陵含め、賭場にいる皆は、話が見えねぇーと、ポカンとしている。
一方で、野人呼ばわれされつつも、まあまあ、姐じゃ、と、張飛は、ひたすら、月英の機嫌をとった。
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