軍師の嫁取り 7~戦の前には嫉妬あり~

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嘘だろーーーー!!! 賭場に、地鳴りのようなどよめきの後、爆笑が起こった。 「なんじゃ!ワシじゃて、女房ぐらい、おるわっ!!」 なにが、おかしいのだと、張飛が息巻く。 「あー、なるほど、それで、おなごの扱いが、野人の割には、関羽様より、手慣れていると……」 月英が、呟いた。 いや、あねさん、手慣れているかい?!ただ、平謝り、あねさんの機嫌を取っただけじゃないかい! 賭場の客達は、月英へ、意見した。 それにしてもと、皆、驚いている。 ついに、というべきか、当然というべきか、月英が、噂の、名士、黄承彦(こうしょうげん)の、あの醜女娘だったとは。そして、張飛に、女房が、いたとは。 「なるほど、話し合いと、いうのは、このように、発見がある訳ですか」 孔明が、右手を見ながら、感慨深げに頷いている。 「でた、明後日の方角から、喋る癖が……」 徐庶(じょしょ)が、こいつは、相手にしなくていいからと、皆に言う。 すると──。 「ですが、そちらは、官吏様でございましょう。私らとは、別世界のお方。そして、賭場でお怪我をおってしまわれた……」 小柄な目立たない男が、含み語る。 「お前……」 突っかかるすんでの、関羽を、徐庶が止めた。 「あー!さっきの、薬売りの兄さんか!いやぁー、たかが、火傷、されど、火傷!こいつは、書記係だから、手が使えなくなると、仕事ができん。兄さんが、火傷薬を分けてくれて、助かった!なあ!」 言って、徐庶は、孔明を、じっと見た。 「あっ、なるほど。わかった。わかった。とにかく、礼を言わねばならぬのだな?」 「あったりめぇーだろー!ここまで、手当てしてくれたんだぜ!」 徐庶は、手拭いが巻かれた孔明の手を、ペシリと、叩いた。 あいててて!やっぱり火傷が、痛い!と、孔明は、ごちる。 「まあ、世間知らずなもんで、礼も、まともに言えないが、許してやってくれ。手間をかけた」 言って、徐庶民は、孔明に薬を与え、手当てしてくれた男に、頭を下げた。それを見て、孔明も慌てて、頭を下げる。 「ああ、おやめください!劉表(りゅうひょう)様とも、蔡瑁(さいぼう)様とも、ご親戚のあなた様が、わたし、などに、頭を下げるなど!」 瞬間、ニヤリと、男が笑ったのを、徐庶も関羽も見逃さなかった。 そして、周りの野次馬も、この土地の、重鎮の名前を聞き逃すことはなく……。 皆の視線が、孔明へ集まった。 「あー、そうですかぁ、困りますねー私ごときが、親戚だなんて。何の繋がりも、本当は、ないのですから。繋がりがあるのは、黄夫人ですからねぇ」 言う孔明に続いて、 「まあ、私がとやかく、繋がりを説明しなくとも、皆さん、黄承彦(こうしょうげん)の名前で、ピンときますでしょう。確かに、旦那様は、縁続きと言っても、私と、夫婦だからこそ。これで、私が離縁されたら、旦那様は、何の関係もなくなりますし。賭場で暴れる妻など、離縁したくなったことでしょ?」 と、月英は、孔明へ、畳み掛けた。 「ありゃ?こりゃ、なにやら、雲行きが、怪しいぞ。やはり、ワシの出番かのぉ。夫婦のことは、任せておけ」 何故か、張飛が割り込んで来る。 たちまちに、賭場が沸き立った。 「張飛、やめろ!」 「余計なことすんな!」 「なにも、もめ事なんぞ起こってねーだろー!」 「ただの、例え話じゃないかっ!!」 おお?そうなのか?と、張飛はとぼけている。 その隙を見計らってか、薬屋の男は、頭をさげて、そろそろ次の街へ向かいませんと、と、言い捨てて、賭場を出ていった。 「親分!」 徐庶が、全陵(ぜんりょう)へ、関羽は、張飛へ、目配せする。 「さてさて、他に、こじれた夫婦は、おらんかのぉ。ワシが、仲裁してやるぞー!」 張飛は、相変わらずで、野次馬の中へ入って行った。 「いや、勘弁、勘弁!!」 「それよりよ、張飛の嫁さんの方が、気にならねぇか?!」 「だよなぁー!!どこの、物好きなんだぁ?!」 よっしやっ!!ワシの嫁御の事を、話してやるわあー!!と、雷声が、響き渡った。 皆は、うっせーよ!と、言いながらも、聞かせろ、聞かせろと、張飛を囲み始めた。 「うん、あっちは、張飛に任せておけばよいだろう」 関羽は、言うと、徐庶を見る。 「うちの若い衆を、放ちました、あいつの素性も、わかるでしょう」 頷き合っている二人に、全陵が、言う。    「あれ?菜児は、どうしました?」 姿が見えないと、孔明は心配するが、 「……繋ぎ、ですわね?親分?」 隣で、月英が落ちつき払っている。   「いやー、さすが、あねさん。あっしは、とことん、あねさんに、惚れ込みましたぜ。どうか、この全陵を、使ってくだせぇ。裏の事ならなんなりと……」 「ええ、さっそく、使わせて頂きますよ」 孔明が割って入ってくると、できれば、山の方面へ向かうかどうか、確かめてくれと言う。 「あの男は、山を越えて、北へ向かいます」 「諸葛亮よ、北、というと……」 「つまり……」 言葉を濁す、徐庶と関羽に、孔明は、大きく頷き、 「あれは、曹操の手の者」 と、言い切った。
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