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第一話 見えない誰か
大学生の女性がいた。
腰まである黒い長髪に、暑さのせいか白いワンピースを着ていて、どこかの貴族の女性かと疑うくらいの気品の溢れた女性だった。
和泉桃花は大学の受講が終わり、一息ついていた。
プルルルル。
電話が鳴り響く音が聞こえてくる、桃花はバックを下ろして、携帯を取り出した。携帯には「母」と書かれた文字があった。桃花は何事かと思い、首を傾げて通話状態にしてアイホンを耳に当てた。
母の泣き声が電話越しに聞こえてきた。桃花は一瞬慌ててしまうが、冷静に戻ろうと深呼吸をして自身を落ち着かせた。きっといいニュースではない、それは泣き声でわかっているが聞かずにはいられなかった。
「どうしたの、母さん」
『お父さんが死んだの』
その言葉を聞いて、桃花は固まった。分かっていたはずの言葉なのに、その言葉を聞いて自然と涙が溢れてきた。桃花は泣くのを堪えながら「分かった、帰るから」といって母の話を聞かずに電話を切った。
桃花は大好きな父が死んで、その場を弁えずにわんわんと泣いてしまった。行き交う人達が迷惑そうな顔をして通っていく。
一通り泣き終えた後、母にメールを送った。
『二ヶ月間夏休みだから、その間、家にいるから』
そう送った後、電車に乗った。
桃花は電車に揺られながら、ぼーっと前を見ていた。夢のようだと思っていた。本当に父が死んでいるとは思えなかったのだ。
二階から飛び降りても死ななかった父が、どうやって死んだのだろう。
「そういえば」
桃花はふと思い出した。
『どうやって死んだのか聞いていない』
そう、桃花は死んだ理由を聞いていないのだ。だが、病死か何かだろうと自分自身を納得させた。それ以外で死ぬ原因が思い浮かばなかったっていうのもあった。
電車の乗り継ぎで、K県に辿り着いて、バスでT村にやってきた。大雨が降っていて、電灯も倒れるくらいの風の強さだった。桃花は傘を忘れてしまったため、帰ったら風呂に入ろうと決めていた。
古い古民家が立ち並んでいた。桃花は、母の家に向かっていった。
母の家は他の古民家よりも真新しく、大きかった。桃花は自分の家のガラス戸を開けて中に入った。
「母さん、ただいま」
そう大声を上げると、家の中は真っ暗だった。
そして、「はーい」と二階から声が聞こえてきた。桃花は、いつも出迎えてくれる母が来ないことに違和感を覚えた。
「お父さんの葬式に行く前にお風呂入っていい?」
「はーい」と一階のお風呂場から声が聞こえてきた。なんだか不思議な気持ちのまま、桃花は靴を脱いで、鞄を置いてお風呂場に行った。
「お母さん、どこ?」
「はーい」今度は、リビングだった。
リビングに行くと、誰もいなかった。だが、不思議なことにリビングにはテレビがついており砂嵐のようだった。まるで、先ほどまで誰かがいたかのように。
「お母さん?」
「はい」
後ろから声が聞こえてきて、桃花は振り返った。その瞬間大きな口を見た。ギザギザの歯に、ダラダラとこぼれる涎、小さな目、ボサボサの髪、黒いワンピースを着ていた。
「え?」
桃花はそのまま動けず、意識を失ってしまった。
* * *
次に目を覚ますと、白い天井を見た。桃花は、何が起きたのかと理解ができずに、辺りを見渡そうとしていたが、体が動かない。体が固定されているようだった。母と医者達がボソボソと何かを話しているようだった。
「お母、さん」
そういうと、母は目を見張ったように見て、一瞬だけ表情がおかしかった気がした。だが、それでもすぐに笑顔に戻って、泣きながら。
「何?」
と聞き返してくれた。母はいつも返事をする際は、「はーい」ではなく。「なに?」と聞いてくれるんだったと思い出した。
「じゃあさっきのは?」頭に疑問符を浮かべながら考えていた。
「お母さん、家にいたよね?」
「私は村の人達と話してくるわねって、メールしたわよ」
じゃあ、家にいたあれはなんだったのだろう。桃花はぼんやりと考えていた。そして自分は怪我していないのに、なぜここにいるのかわからなかった。
「お母さん」
「はあい?」
部屋の隅でその声が聞こえてきた。桃花はバッと顔だけその方向を見た。そこにはニタニタと笑っている。『大きい口を開けている化け物が立っていた』その姿は誰にも見えていないようだった。
桃花は、再び意識を失った。
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