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夢の町
1
今年の夏ボクは田舎の町に引っ越してきました。緑が生茂る小さな小さな町です。その町は鉄骨のままの建物が幾つもあるから、ボクは作りかけの町と名付けました。もしかすると壊れかけた町なのかもしれないです。作りかけと壊れかけも案外似ていることをボクは知っています。どちらにも共通する事といえば、完全に機能しない事と、今にも壊れてしまいそうだという事。考えたってボクには分からなかったから、お母さんに聞いてみました。お母さんは顔をしかめて、「何言ってるの?」と言いました。お母さんもわからないみたいです。玉手箱を開けた浦島太郎の気分が少し分かった気がしました。引っ越しの手伝いにも飽きて、とにかく未開拓の地を冒険したくなりました。だからボクはダンボールを運ぶお母さんの目を盗んで、こっそりと外に逃げました。帰ってきたらきっと大目玉を喰らいます。考えてみれば大目玉とは変な単語です。大きな目玉があったら遠くまで見渡せるのでしょうか。
軽く歩き回ってみると、田舎なだけあって、潰れたような店ばかりで、鉄骨の建物はただの建築物の型だったようです。冒険の結果はつまらないものでした。未開拓の地といえばワクワクと新鮮さに溢れてるものだと思っていたけど、そういう訳ではなかったみたいです。思えば冒険しようって考えた時が一番楽しかったように思います。なんだってそうなのかもしれません。たぶん始める瞬間は自分の本当の才能が分かってないからでしょう。自分が天才でない事を知ることは不愉快なことです。凡人だと知ると冷めてしまいます。たぶん凡人だと自分が分からない人なら全ての行動において幸せなのでしょう。もちろん天才の方が幸せだと思います。つまりボクはこの地の開拓において天才でない事に気づいたのです。そのため家に帰るか、もう少し調べるかとても迷いました。そうだ。遊び相手を探そうとボクは思い立ちました。仲間がいればひとりぼっちにはなりません。だから凡人である事が気にならないのです。何故かは知りません。きっとそれはボクが凡人だからなのでしょう。おじいちゃんがよくそんなことを言っていました。ボクのおじいちゃんは高尚なのです。おじいちゃんはなんでも知っています。子供の頃は森でよく遊んでいたとおじいちゃんが言っていた気がしたので、森にボクは入って行きました。残念ながら子供は一人もいませんでした。でも、虫が沢山いる事が分かりました。名前が分からない虫ばかりでした。名前が分かる虫は蚊とダンゴムシだけでした。虫かごを手に入れれば、しばらく遊んでいられます。もう少し暖かくなればカブトムシやクワガタもいるでしょう。もしかすると猪や熊が出るかもしれません。またこの森に入るのが楽しみです。その時は友達と一緒に行きたいと思います。家に帰るのは憂鬱でしたが、森で手に入れた自然のエネルギーを持って帰りることにしました。森を抜けて町を見渡すと、全て今日の事なのに、ここに来たのがずっと昔だったように思いました。この町は森に比べると、ずっと汚いとです。人間も最初は森に住んでいたのでしょうか。だとしたら森を綺麗だとは感じなかったのでしょうか。だとしたらそれだけボクの今の暮らしは汚いのでしょう。夕日が空に浮かんでる気がしましたが、上を向くと、日はまだまだ沈みそうに有りません。それなら後ろに夕日が浮かんでいるのだろうと思って、振り向くと大きくて真っ白な狐がボクの目に写りました。ボクにはその狐は微笑んでいるように見えました。きっと森をボクに汚されると思っていたのでしょう。瞬きをしたら白い狐はもういませんでした。まさに瞬く間に消えてしまったのです。森の入り口に戻って周辺を調べてみると足跡は残っていました。おそらく早足で森に戻っただけでしょう。ボクが森にまた来たら姿を見せてくれるでしょうか。また白い狐が見たいです。食卓でお母さんに話したら、お父さんが生前によく白い狐を見たと言っていたと言って気味悪がりました。夢の無いお母さんはボクから見てもっと気味悪いです。そしてお母さんの雷がボクに落ちなかった事も津波の前の海のようで気味悪いです。近いうちに厄日が来るでしょう。狐はそれを知らせたかったのかもしれません。
2
引っ越してから数日が経ち、念願の友達が二人も出来ました。名前はケンジくんとケンタくんと言います。ボクと同じく小学校に通っています。しかし、ケンジくんもケンタくんもボクより年が上です。引っ越す前の学校では学年が違うと関わりがほとんどありませんでした。一学年で百人くらい居たからです。二十人ちょっとしかいない学校では、年齢によって友達が制限されません。とても素晴らしいと思います。二人ともボクよりも頭が良くて、ケンジくんもケンタくんも難しい本をいつも読んでいます。哲学の本だそうです。読めない字が多くてすぐに返してしまいましたが、算数より難しい事が分かりました。子供のうちからでも難しい本を読んだ方が良いのだそうです。お母さん本について話したら、頭でっかちになるからやめろと言われました。哲学を知ると、頭が大きくなるのです。でも二人の頭はそこまで大きくありません。
二人に今度森で遊ぼうと言ったら、放課後にすぐ行こうと言ってくれました。学校の倉庫には虫取りのセットが隠してあるらしいです。だから、放課後になったらすぐ倉庫に虫取りセットを取りにいきました。倉庫の中はほこりを沢山かぶっていて、入っただけでも咳が出ました。なんとか虫取りセットを手に入れて外に出ると、倉庫の隣に前の学校と同じ百葉箱がある事に気付きました。いつも通りぼんやりとした印象を受けました。近代オブジェというやつでしょうか。
皆んなで森に行くと女の子が居ました。同じクラスのユミちゃんです。虫かごをぶら下げていて、中には沢山の虫が入っていました。窮屈で虫たちがかわいそうでした。しかし、そのことを誰も気にはしまなかったので、ボクも気づかないフリをしました。ボクは虫を捕まえるのが下手らしく、虫かごの中の虫が増えません。ケンジくんの虫かごはすぐに虫でいっぱいになりました。ケンタくんは小さなビンにダンゴムシをいっぱい詰めていました。ケンタくんはダンゴムシ以外虫が触れないそうです。ケンタくんは虫は近くで見ると気持ち悪いと言いました。なので、一つ一つケンジくんとボクが捕まえた虫を見ていくと、たしかに気持ち悪かったです。個人的にはカマキリが一番気持ち悪かったです。あの目の気持ち悪さに敵うものは無いと思いました。ケンジくんは帰り際にボクらに議論を持ちかけました。哺乳類には昆虫のように足が六本生えている個体が居ないのかという問題です。そんなこと考えた事もありませんでした。ボクは何も思いつきませんでした。ケンジくんに答えは何かと聞いたら、ボクも分からないと笑って答えました。他の分からないよりもずっと素敵に聞こえました。ケンジくんは学者になって、生物のお勉強がしたいと言いました。きっと素晴らしい学者にケンジくんはなれるでしょう。ケンタくんはパイロットになるそうです。二人とも夢を持っているという事で、ボクも何か夢中になれる勉強を見つけたいと思いました。彼らにとって勉強は楽しいものでした。ボクも彼らとの勉強は楽しかったです。なのに学校の勉強は何故あんなにつまらないのでしょうか。ボクは不思議でありません。
3
あれからほとんど毎日ボクらは森に遊びに行っています。白い狐はまだ見つけられていません。二人に話したらその事信じて捜索をしてくれることになりました。二人がお兄ちゃんになってくれたみたいで嬉しかったです。狸なら何度か見つけました。猪も一度だけ見た事があります。けれど白い狐は見つけられませんでした。
ある日の事です。森の奥まで行くと、神社があることを知りました。そこで稲荷様を祀っているそうです。その事がどういうわけか学校中に広まって学校の皆んなを連れて行くことにしました。一年生から六年生まで揃って行きました。壊れかけた神社は秘密基地みたいで、皆んなの遊び場にしようと誰かが提案しました。神社を漁っていたらお賽銭箱の裏には呪文が書いてあることに気付きました。声を出して読んでみても何も起きませんでした。きっとシャイなオバケなんでしょう。こっくりさんみたいな図太さが必要だと四年生の子が言っていました。図太いの意味が分かりませんでしたが、ボクは何となく相槌を打ってしまいました。社会的な流れは小学生にもあります。小学生でも意外と大人みたいな人が多いのです。鬼ごっこをしたり、かくれんぼをして遊んだりしていたら日が暮れてしまいました。帰ろうとした時一人子供が少ない事に気付きました。しばらく探しましたが、その日は結局見つかりませんでした。神社を荒らしたせいで神様が怒ったのだと皆んなは言っていました。ボクには白い狐がそんなことをするようには思えませんでした。モヤモヤとしたものが頭に残っていたので、眠れないと思っていたので、今日は寝付くのが遅そうだと思っていたのですが、すんなりと眠れました
ボクは神社で蹲っている子供が大人に囲まれている光景を見ました。ボクには誰も気づいていないようです。輪に近づくとかごめかごめを大人たちが歌っている事に気がつきました。大人たちが振り向いてボクに手招きしました。なのでボクも輪の中に入って、歌って周りました。
歌が終わった時にその子の後ろに居たのはボクでした。子供が楽しそうに振り向いた瞬間、ボクは階段から子供を突き落としました。姿を見られたらゲームに負けてしまうからです。いや、その時はそんな事は考えてなかったように思います。大抵理由なんて後付けで、自分が人間としての理性があると思いたいだけ、それに気がついたらボクの姿が大人になっていました。なるほど。人はこうやって大人になるのかと思いました。視線を感じたような気がして、下を見ると落とした子供は骨になっていました。悪いことしちゃったなと思った時に目が覚めました。一週間くらいなった時、ボクらが遊びに行った森の奥の方に白骨死体が見つかったそうです。それからボクは森に行ってません。ケンジくんもケンタくんも怖がって森に行こうとしないからです。それにケンジくんもケンタくんもボクと話をしてくれません。あのカゴメカゴメの輪の中にケンジくんとケンタくんも居たのかもしれないです。たぶんボクらの友情も建築物の鉄骨と同じでただの型だったのだと思います。だから壊れてしまってもおかしくなかった。所詮作りかけの夢。ケンジくんもケンタくんも現実と違って上手くいかないのは仕方ないのです。彼らはただの夢なんですから。今日も夜にボクと知らない誰かの現実に戻ります。
気がつくと、ボクはたくさんの子供たちに囲まれていました。今度はボクが大人たちに囲まれる番か。うれしいな。振り向こう。無邪気に微笑んで。きっと子供だった誰かが突き落としてくれるから。
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