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「初めて会ったのに、その人は私を美鈴ちゃんと呼ぶんです」
とても優しい人で、夢の中で家に帰りたくないと泣く美鈴さんに、「きっといいことがあるから、今日はお帰りなさい」と言って、雨が止むまで一緒にいてくれた。
そして、「これ、あげるわね」と鈴を手に握らされて、そこで目が覚めたという。
不思議なことに、枕元にその鈴が落ちていた。
「母の写真は家にはなく確かめようがなかったのですが、私の名前が母の鈴江の“鈴”をもらったものだと聞いていたので、あれはもしかしたら母だったのではないかと……やはりそうだったのですね」
その場にいた皆は、鈴江さんの娘を想う気持ちに心打たれていた。
「鈴江さんは、ただ、ただ、娘さんのことを想っていただけだったのに、私たちは、私は、祟りだ災いだと鈴江さんを封じ込めて……。なんてことをしていたのでしょう」
絹子おばさんは泣き崩れた。
しんみりした時間のあと、美鈴さんは言った。
「我が家もやっと生活に余裕ができて、昨年お墓も作りました。私たち夫婦が最初に入るつもりでした。ですが、もし可能でしたら」
決意を込めた表情だった。
「母の遺骨を引き取らせていただけないでしょうか。母を我が家のお墓に入れてあげて、私が弔ってあげたいのです」
美鈴さんの言葉に、絹子おばさんは畳に手をついて深々と頭を伏せた。
「ありがとうございます。それが、それが、きっと鈴江さんの望みだと思います。不幸な想い出しかない我が家の墓では、鈴江さんは不幸なまま、つらいままだと思うのです。娘さんの手で弔ってもらえるなら、何よりのご供養になると思います」
こうして鈴江さんの遺骨は、美鈴さんに引き取られることが決まった。
その夜、私は不思議な夢を見た。
落ち着いた和服姿の美鈴さんが旦那さんらしい男性と一緒に、鈴江さんの遺骨を大事に抱えて去っていく夢だった。
その美鈴さんたちの後ろを、切らずの森で出会った浴衣姿の若い鈴江さんが、まるで子供が嬉しくて飛び跳ねるように軽い足取りでついて歩いていた。
「鈴江さん!」
私が名前を呼んで振り返った鈴江さんの顔には、もう“おかめ”のお面はなく、とても幸せそうに笑っていた。
春になり、美織ちゃんはお父さんとお母さんと富山へ引っ越して行った。
美織ちゃんと絹子おばさんが住んでいた家は売却され、お屋敷は取り壊されて更地になった。そこに今は四軒の建売住宅が建てられいて、県外や町外からの若い家族が見学に来ている。
町の雰囲気はこうやって、少しずつ変わっていくのかもしれない。
高校の卒業旅行は三人で富山の美織ちゃんを訪ねる旅をしようと、耕ちゃんと翼くんと約束している。
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