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第一部 3. 本家と分家
大人たちの間にいるのに飽きて、私たちは庭に出て遊び始めた。
庭の敷石をピョンピョン飛んで遊んでいると、美織ちゃんが私の背中に向かって言った。
「ほんとはね、美緒ちゃんちが分家で、うちが本家だったんだよ」
よく意味がわからず私が反応しないでいると、美織ちゃんはさらに続けた。
「でもね、美緒ちゃんのおじいちゃんがずるして、うちが分家になっちゃったんだよ」
「うそ……」
私は立ち止まって、振り返った。
「本当だよ。前にお母さんが話していたもん」
本家と分家の意味はよくわからなかったが、大好きだった祖父がずるをしていたと言われたのがショックだった。
「だって、私の家の方が、美緒ちゃんの家より立派でしょ? それはうちが本当は本家だったからなんだよ」
そう言われてしまえば、子供の私に否定することはできなかった。
美織ちゃんと私の家は同じ集落にあった。
美織ちゃんの家は、立派な塀に囲まれたお屋敷だ。庭には玉砂利が敷かれ、庭師さんが整えた立派な枝ぶりの松の木が何本もあった。
それに比べて、我が家は農村にある農家の家そのものだ。
大きな納屋には除雪機や農作業の道具、肥料が所狭しと置かれていた。
家の軒先には、祖母が裏の家庭菜園で育てた大根や白菜、玉ねぎ、干し柿などが季節ごとに干され、塀がないもんだから通りから丸見えだった。
うちは亡くなった祖父の代までは農家をしていたが、今は中学校の先生をしている父と、近所のスーパーでパートをしている母、私と弟の隆平、それに祖母の五人で暮らしていた。
見るからに庶民のうちと美織ちゃんのうちでは、確かに違う。
「うちにはおじいちゃんから受け継いだ不動産や土地がたくさんあるから、お母さんは働かなくてもいいんだって」と、前に美織ちゃんが言っていた。
それに比べて、我が家は月末になるとお母さんが家計簿とにらめっこして、「来月は節約しなきゃ」と、ため息をついている。
美織ちゃんの家の方が、ずっとずっと本家らしいのかもしれない。
「今日は遊ぶのやーめた!」
私はそう言い捨てると、美織ちゃんを置いて家の中に入った。
どっちが本家かなんて子供の私にはどうでもいいことだったが、祖父を咎められたことが悲しくて、そのあと私は台所の母の側からずっと離れなかった。
「どうしたの? 美緒、美織ちゃんと遊ばないの?」
母は不思議がって聞いたが、私は「もういいの!」と返事をして母の後ろをくっついて歩いた。
美織ちゃんは廊下から台所を覗いて私を見ていたが、私はずっと無視していた。
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