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第一部 4. ずる
それで母はすぐに何かおかしいと気付いたのだろう。
宴がお開きになって片付けも終わり、私と隆介が父とお風呂から上がり、祖母がお風呂に入っている時だった。
麦茶を飲みながらぼんやりとテレビのバラエティ番組を見ている私に、母が、「美緒、今日はむっつりさんね」と言って、急に後ろに回り込んで脇の下をくすぐりだした。
くすぐったくて私は、「やめて、やめて」と言いながら笑い出した。
笑いながらいつしか泣いていた。
母はそんな私を後ろから抱きしめて、「さてさて美緒さんは、今日何があったのかな?」と聞いてくれた。
そこで、昼間、美織ちゃんに言われたことを、父と母に話した。
「お父さんは、美織ちゃんがそんなに本家がいいんだったら、今からでも本家と分家を交代したいなあ」
間の抜けた声で父が言い、母が大きく肯いた。
「そうねえ。今日みたいな宴会のお世話をしなくていいし、私も楽になっていいなあ」
二人の言葉に私は拍子抜けした。
父や母にとっては、本家なんて面倒で迷惑なことらしいと気付いた。
そんな私に、父が真顔で言った。
「美緒、本家とか分家とかいうのは昔の制度の話だ。その名残が残っているだけなんだ」
父は麦茶を飲み終えた私を、膝に抱きかかえた。
「俺のひいじいちゃんの頃の話だ。男兄弟三人いて、跡継ぎを決めることになった。長男には女の子しかいなくて、次男のひいじいちゃんには息子がいて、三男はまだ小さくて結婚してなかった。だから、次男のひいじいちゃんが跡を継いだ。それがうちだ」
私は後ろにいる父を見上げた。
「農作業は大変だから、男の子がいる家の方がいいだろうってね。それで長男の方が美織ちゃんの家で、分家になった。それだけのことだ。うちのじいちゃんは関係ない。もっともっと昔の話だ」
「ほんと?」
「ああ。そんなこと皆忘れていたんだが、美織ちゃんのじいちゃんが家系図ってやつを作っていて、本当はうちが本家だったのだと言い出しただけなんだ。別に死んだじいちゃんが何かした悪いことをしたわけじゃないのさ」
「おじいちゃんがずるしたんじゃないんだね?」
「ああ、心配するな。じいちゃんがそれを聞いたらやっぱり、『そんならおらも本家を変わりてえ』って言ったに決まってる」
母が、「確かに。おじいちゃんならそう言うわねえ。古いことに縛られるのが嫌な人だったものねえ」と懐かしそうに笑った。
祖父がずるしたわけじゃないと知って、私は安心した。
「それにしても、絹子はなんでそんなことを美織ちゃんに話しているのか……」
父は顔を曇らせた。
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