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1.滑り台で
夕日に照らされた施設の庭の隅。
小さな滑り台の上で一也は泣いていた。
いつものことだ。今日も学校でいじめられた。でも泣いて家の中に入れば、院長にきっと見とがめられて、男の子が泣くものじゃないとお小言を食らうのは目に見えている。
それがわかっていたから、一也はいつも泣くときはここでと決めていた。この時間、夕日が傾き始めるこの時間は、施設内では夕飯の準備の真っ最中で、施設の子供たちもみな大方食堂に集まっててんでに騒いでいる頃で、庭のこの場所は無人になる。
涙はあとからあとから流れ落ちるけれど、それでもいずれ止まる。歯を食いしばり、膝小僧に顔を押し当てて嗚咽を噛み殺す。その日もいつも通りにそうして丸まっていた。誰の声も聞こえてくるはずなんてなかった。
なのに、その日は違った。
誰かが近づいてくる足音が滑り台の下から聞こえ、一也はぎょっとして顔を上げた。
院長か、それともほかの先生か、あるいは用務員のおじさんだろうか、そんな予想をしながら窺った滑り台の下、こちらを見上げていたのはその誰でもなかった。
一人の青年がそこには立っていた。カラスみたいに真っ黒なスーツをまとい、その真っ黒なスーツと同じくらい黒い髪をしたその人は、これまで一度も見たことのない人だった。
ただ、八歳の少年であった一也の目から見ても、やたら綺麗な顔をした人だということはわかった。当時一也の担任で美人と評判の洋子先生と並ぶか、それ以上に端整な顔立ちをしている。
一也は声もなく、滑り台の下のその人を凝視した。
しばらく人形のような無表情でこちらを見ていたその人は、ややあって小さく首を傾げ口を開いた。
「なんで泣いてるの」
言われて一也は気がついた。頬が涙にぐっしょり濡れたままであることを。
「な、いてなんてない」
精一杯の虚勢とともに腕で乱暴に頬をぬぐうと、その人はやっぱり表情のないままに言った。
「子供なんだから、泣いたっていいんじゃないの」
「もう小二だし! 泣いてないし!」
「小二って子供じゃん」
馬鹿にした口ぶりにかっとなって顔を上げた一也に、その人は軽く腕組みをしたまま、滑り台を見上げて言った。
「いじめられた?」
「違うし!」
「じゃあなんで」
淡々とした声は追及を緩めない。ぐっと言葉に詰まった一也をしばらく黙って見上げてから、その人は首に手をやった。
「どうでもいいけど下りてこない? 首が疲れる」
「おにいさん……だれ」
「おにいさん」
呼びかけを繰り返し、その人は一也を見上げてから苦笑いした。
「よかった。おじさんって言われなくて」
「え……おじさん?」
「いや、子供って大人見るとたいていおじさんとかおばさんって言うものかと思ってて」
わけがわからないことをぶつぶつ言ってから、その人は一也を軽く促す。
「おにいさんは、君に用事があって来たの。なので下りてきて」
「ようじってなに……」
「木下一也くんに提案があって来た」
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