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5.君に感じるのは感謝と、そして-2
「あのさあ……一也は、彼女とか作りたいとは思わないの」
「思わないよ」
即答すると秋野はまた黙ってから、うーん、とうなった。
「いや、でも学生時代っていろいろ楽しいことあるだろ。なにもこんな風に朝ごはん作ってくれたり弁当作ってくれたり、俺の世話することもないし。こっちも子供じゃないんだから」
「よく言うよ。俺がちゃんとしてないとこの家すぐゴミだめになるくせに」
反論すると、秋野はぐっと言葉に詰まってから、とにかく、とコーヒーカップを机に置く。
「もっと自分のことをするように」
「してるし。大学も俺、無遅刻無欠席だぜ」
「いや……それは当たり前というか……」
「秋野はできないじゃん。無遅刻」
「君さあ……」
秋野は軽く額を抑えてうめいた。
「ものすごく弁が立つようになったよね。最近とみに」
「秋野を見て育ったから」
にっこりと笑って一也はサラダの皿を秋野の前に押しやる。
「俺は愛してるから。秋野を一番」
押し黙ってから、秋野はフォークを取ってトマトに突き刺す。
秋野は困っている。それが一也にもわかる。でも、一也はこの気持ちを隠すつもりがなかった。
あしながおじさんのジュディよろしく結婚、なんて思ってはいない。でも、あの日、自分を施設から連れ出したこの人のことを一也は愛していた。
感謝の気持ちも確かにある。あるが、それだけでは解決つかない思いが胸にあることに気づいたのは中学三年のときだ。
秋野の顔を見ているとやけに胸がどきどきした。微笑みかけられると倒れそうなくらいうれしかった。家事をして褒められて頭をなでられると鼓動がうるさくて仕方なくなった。
おかしいな、とは思った。でもそれがなんでなのかしばらくはわからなかった。
それが世に言う恋というやつなのだと知ったのは、友人から恋愛相談を受けたときだった。
友人は言った。相手のことを思うだけで胸がつぶれそうに痛くなると。離れていると今なにをしているのか気にかかると。会話しただけで卒倒しそうになると。
それは、自分が秋野に思うのと同じ感情だった。
自分は……秋野に恋をしているのだと、そのとき知った。
悩んだ。ものすごく悩んで悩んで。結局、打ち明けないでいようと思った。思っていたのに、あの日。
中学三年の冬。
あの日のことはいまでも忘れていない。
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