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59.お前らって
「秋野、好きだ」
「しつこい」
呆れて言うと、一也は背中を抱きしめる腕に力を込める。
「いいだろ。別に」
「いいけど」
苦笑いしてから秋野はふっと思い出す。
「そういえば井上ほったらかしだよ」
「別にいいじゃん、そんなの」
「よくないって。いい加減……」
言いかけた途中で頭を引き寄せられて口づけられる。まったく、この子は、と思いながらも、秋野は抗えなかった。
この子がずっと長い間自分を好いていてくれていることを秋野は知っていた。最初はただの気の迷いから好きと言っているのだろうと思った。だから、告白されて、秋野はそれを退けた。
なのに、彼の思いは消えることなく、ずっとずっと秋野に向けられ続けた。いっそ痛いくらいまっすぐに。
どこから変わったのだろう。自分でもわからない。
ただふっと気づいたら、一也はもう子供じゃなかった。すっかり大人になってそこにいた。十年一緒にいたのにその変化に気づいていなかった。
いや……気づいていたのかもしれないけれど、見て見ぬふりをしていた。
怖かったから。子供の彼とならずっと一緒にいられる。でも……大きくなった彼に自分はもう必要じゃない。そう思うたび怖かった。
誰にも必要とされていなかった自分を初めて認めてくれた存在。それが一也だった。
自分が思う以上に、秋野は彼を必要としていた。そう、彼以上に。
その葛藤を、ずっとずっと隠していた。大人の顔でずっと。
今、彼が自分に向けてくる感情と自分が持つそれは同じなのか違うものなのか、秋野にはわからない。確かなのは、彼に口づけられるたび、抱きしめられるたび、大人の顏ができなくなる、ということ。自分よりずっと大きくなった彼に身を預けて、なにもできない子供のようになってしまうという事実。
「ああ、まったく」
唇を離して呟いたのは一也だった。
「あの馬鹿、なんでうち来てるんだろ」
忌々しそうに零した彼に秋野は少し笑って、一也の腕を解く。
「着替えていくから。夕飯、準備して」
「わかった」
頷いて出ていく一也を見送り、秋野は手早く着替えるとキッチンに戻る。
「お前、腕上げたよな、サバ味噌とか、普通、十代の少年が作れるものじゃないような」
しみじみと井上が呟いている。今日はサバ味噌なのか、と秋野は満足な気分になる。自分の好きな献立だ。
「少年とか言うなよ」
嫌そうに言いながら、一也は秋野の前にもサバ味噌の皿を置く。湯気を立てた白米と白みその味噌汁、ホウレンソウのお浸しと次々に出てくる皿に、秋野は思わず言った。
「一也さ……学校ちゃんと行ってる?」
「なにそれ」
「こんな専業主婦がしそうな料理作ってて学校行けるのかと……」
「あのさあ。俺、家事歴長いんだぜ。これくらい学校があったって作れて当たり前だろ」
笑って言いながら秋野の横に座った一也に、秋野は思わず呟いた。
「ごめん」
「は?」
「料理、俺、得意じゃなくて」
「……なにをいまさら」
苦笑いした一也はぽんと秋野の頭を叩く。
「別にいいってば。さっさと食べよう」
いたただきます、と神妙に言う一也にならって箸を取り上げたとき、なあ、と、唐突に井上が言った。
「あのさ、お前らって付き合ってるの」
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