60.行かせるんじゃなかった

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60.行かせるんじゃなかった

 一瞬、空気が固まった。  奇妙な沈黙のあと、口を開いたのは一也だった。 「うん。付き合ってる」  ぎょっとして彼を見ると、やけに堂々とした顏で一也は井上を見据えていた。 「いつから?」  井上はサバの身をほぐしながら尋ねる。 「二週間前から」 「って……あれじゃん……お前が家出から戻って来てすぐじゃん」  井上ははああ、とため息をつき、箸を置く。 「そんなことになるなら、秋野を一人で迎えになんて行かせなかったのにな。あのとき」  ぼそぼそと言う彼に、秋野は恐る恐る声をかけた。 「井上は……反対なんだ」 「普通に考えて反対だろ。どう考えても」 「だよね……」  わかってはいる。普通の付き合いじゃないことくらい。  黙り込んだ秋野の横で一也がむっとしたように言った。 「なに、だよねって。秋野は後悔してるの」 「後悔はしてない。だって……」  言いかけて秋野は口を噤む。  多分、自分は一也と離れて生きていくことができない気がする。思った以上にやられているのはむしろ、自分のほうだ。 「だってなに」  井上に畳み掛けられ、秋野は横を向く。 「別にいいだろ」 「よくはない。俺の立場はどうなる」  がたん、と椅子を蹴立てて立ち上がった井上に、秋野は目を瞬く。 「立場って?」 「お前、まさか、本気でわかってなかったんじゃないよな」 「だから、なにが?」  なにを怒っているのだろう。いつもへらへらしている彼が声を荒げるなんて珍しい。驚いて背を逸らした秋野を、井上は数秒まじまじと見つめた後、言った。 「あのさあ、俺、お前が好きなんだけど」
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