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61.幸せ
「ちょっと」
口をはさんだのは一也だ。秋野の横から立ち上がった一也は井上を睨みつけた。
「なんで今、この家で、告白とかできんの? どこまで空気読めないの、あんた」
「別にそんなの俺の勝手だろうが」
「俺の作った料理食べながらなんで今、俺の恋人にそんなこと言えるのかって聞いてるんだよ」
怒鳴る一也に、井上は飄々とした顏で言ってのけた。
「俺は秋野に言ってるの。大体、秋野だって気づいててもよさそうじゃん。何回か言ったよな。好きだって」
「……言ってた……かな」
確かにそんなような記憶がないこともないが、いつも冗談のついでみたいに言っていたから本気になんてしていなかった。
「秋野、それほんとに?」
一也がぎょっとしたような顔をする。なんなんだこの状況、と、内心困惑しながら、秋野は一也を見上げた。
「まあ……時々? 好きなんだから当然じゃん、とか言って、実家の柿とかくれたけど」
「なにそれ」
一也は露骨に鼻白むと、井上を呆れた顔で眺めた。
「そんなんじゃ秋野には伝わらないって。恋愛音痴だもん」
「恋愛音痴ってなに」
むっとして一也を睨むと、一也ははああっとため息をついた。
「井上が気の毒になってきた」
「なんで」
「少し前の俺の苦境と同じ。しかもこの人、俺より長いこと秋野の傍にいるわけだし。苦労したんだろうなって」
「わかってくれるか少年」
井上がへたりと椅子に腰を落とす。一也はふうっと息を吐いてから、手を伸ばして井上の湯呑みに急須から茶を注いだ。
「かわいそうだし、飯くらいは食べさせてやるけど。でも、秋野に変なちょっかいかけるのだけはやめろよな。張り倒すぞ」
「なんだ、その上から目線は」
「彼氏の特権ってことで」
「うわ、彼氏とかぬかしやがった。秋野、こういう自信過剰なお子様なんかやめておけって」
掛け合いを聞いているうち、秋野はおかしくなってきた。くすくすと笑うと、二人がほぼ同時にこちらを振り向く。
「なに」
「どうした?」
反応が同じだ。そう思ったらますます笑えて、秋野はしばらく笑ってから、目じりに浮かんだ涙をぬぐって微笑んだ。
「ごはん、冷める」
にっこりと笑うと、二人は困ったような顔をしつつ、箸を取り上げる。
「小僧、ごはん、おかわり」
「小僧って言うなってば」
相変わらず掛け合い漫才みたいに言い合いながら食事をする二人を眺め、秋野はそっと微笑む。
自分はとても幸せだと思う。本当に心から、そう思った。
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