となりの拷問屋さん

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はるか昔のその昔、まだ石で作った建築が発明されておらず、オーク材が主に建築材として使われていた頃。 そういった木造建築の並ぶ町の一角に、その店はあった。店の名前は煤がついて読みづらい。代わりにドアに広告が書かれており、『お好きな拷問道具つくります』と記されていた。そう、そこは世にも珍しい拷問道具製作専門店であった。 「今日も王室からは音沙汰なしの閑古鳥か。ああ、平和って嫌だねえ」ここで一人で切り盛りしている人相の悪い店主は愚痴をもらした。 店主の顧客は町の人々がメインではなく、大抵が王室からのオーダーである。彼ら王族に従って拷問器具を製作し、納品すると、がっぽがっぽと大量の金貨をせしめることができた。 だが今は王の統治が絶対的なものとなり、世の中は平定され、事件も事故も起こらず、そのせいで拷問にかけるべき罪人がでてこない現況である。 昨年、王室の使用人がしでかした皿泥棒の取り調べのため、生爪剥がし器を納品したのが最後の仕事である。その儲けも生活費に使い果たし、店主は明日食べるパンにも困窮していた。 「別に2、3日食わなくったって死にやしねえ。俺には拷問道具を作るという熱中できる趣味がある。でも、せっかくアイデアはあるのによう~」 店主は王室からのオーダーに応えるだけではなく、自ら拷問道具を発明し、売り込むという才能もあった。 ここ最近、趣味で作り上げたのは「首を少しでも横に曲げるとスイッチが入って頭蓋骨が一回転して、頚椎をねじきるヘルメット」というものだった。 この拷問道具の機構をもう少し詳しくいえば、鉄の首輪と顔全体を覆うヘルメットを特別なヒンジでつなげたもので、ヘルメット内部の側頭部あたりに何か物が当たるとスイッチが入り、首輪で頚椎が固定された状態で、ヘルメットが丸々1回転するというものである。 このヘルメットを身に着けた者は、視界は確保されているものの、外部の者がカギを使って鉄の首輪を外さない限り、いつなんどきも首を傾けることが許されない、というシロモノであった。 しかしこの拷問道具の出来には、店主も少し不満を抱いていた。拷問は真相を自白させるために、いかに命をつないだ状態で苦しめ続けられるか、その手腕を問われる行為だ。例の拷問道具を使ってしまっては、生きる希望を失った罪人がみずから命を断つために、首を傾け頚椎をねじ切らせて自殺してしまう恐れがあった。それでは真相は闇に包まれたままだ。 店主がイマイチなこの拷問道具を棚から手に取り、店の奥にしまおうとカウンターに戻りかけたその時、ひとりの若者が来店してきた。 一瞥して王宮の者でないとわかると、店主は不機嫌になった。 「おい、何の用だ。あいにくだがうちには盗まれるようなパン1つ残っちゃいないぜ」 若者はきょろきょろ周りを見回すと、店主が持っていた例の拷問道具に目を留めて言った。 「店主さん、どうやら見たところ私がもっとも欲しがっている道具をお持ちのようだ。どうだ、1つ譲ってくれないか?」 「これか? いやぁ、これは、あんまり出来が良くなくてな……」店主は渋面を作った。何より一介の町人が拷問道具を欲しがるとは意外に感じた。 「その道具はどういうカラクリなのだ?」 そう訊かれた店主は目を輝かせ、饒舌に丁寧にこの拷問道具について説明した。自分の趣味の話となると目の色が変わる人間は多い。 若者はウンウン、と何度もうなずいたあと答えた。 「店主さん、ビンゴだ。やはり私の目に狂いはなかった。今もっとも欲しかった道具だ。金貨十枚だそう」 「十枚も?」店主は驚いた。自分でも満足のいっていないこの品にそんな大金をはたく物好きがこの世に存在するとは。だが背に腹は代えられない。それに次こそ満足のいく拷問道具作りに熱中したい、という気持ちもあった。結局、金貨十枚で店主はこの拷問ヘルメットを売った。 「くっくっく、こりゃどうも。おいお客さん、解除用のカギを忘れてるぜ」 「ああ、それは店主が持っていてくれ」 「何だと?」店主はいぶかった。 「いずれこのヘルメットを被った者をここへ連れてくる。その時まで店主、あなたが持っていてくれ」 訳の分からぬまま、若者は颯爽とこの拷問ヘルメットを持ってドアを開けて、出ていってしまった。 「カギを俺に開けさせる気か? なんでそんな七面倒くさいことを……」店主はぶつぶつ言いながらも、カギを無くさぬよう引き出しの一番上にしまっておいた。 なんとか当座の生活費と開発費は手に入ったが、釈然としない気持ちを店主は抱えることになった。
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