惑()星

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 その日、二人はファミレスに来ていた。  今日はもう何にもやる気がしなかった。  「何にも」というのは、比喩ではなく、順人は卵を割る動作さえやりたくなかった。  しのぶが居候の身となって、料理を作るのは順人に固定されていた。別に料理好きなわけでもない。たんに結果的に、仕方なくそうなっただけだった。  一度しのぶに任せたところ、皿に盛られた料理はそこそこの出来栄え。  まあふつうに美味しそうだななんて思っていた。  なのに、どういうわけかひと口食べてみると味がおかしかった。味付けが絶妙にどうかしている。ついでに使ったあとの流しの惨状がひどかった。  それ以来、しのぶはキッチンを永久出禁となった。  しかもこの男、放っておくと何も食べない。 「腹へったなら眠ればいいんだよ」とかなんとか言って寝やがる始末。栄養失調で倒れられても困る。面倒ごと回避のためにも、おら食えやと食卓に引きずりだすのが順人の役割となりつつあった。  居候のくせに、手がかかるのなんの。  入口から直線上にある、端っこのソファ席。  順人は壁側に背を向けて座っている。店内の様子がよく見えた。扉のほうへと視線を飛ばしてみるも人影はない。あと一人来る予定なのだが。息を吸って捨てた。  まあ十和子だしな、とひとまず先に注文を済ませた。順人のぶんだけである。しのぶは決めかねているらしくメニュー表と睨み合っている。  数十分前からこの状態だ。  またかと思うこともない。ときたま披露される男の優柔不断さにも慣れつつあった。知らないことも夜を越えるごとに、勝手に生活へと馴染んでいく。  最初、しのぶが決まってから一緒に注文すればいいと順人は待つつもりであった。  が、胃のほうが我慢の限界だった。鳴ってしまった。  「あ」とふぬけた一文字が唾液にまじる。  気付いたときには、機械音が店内に響いていた。順人が腹を抑えている間に俊敏さをもって男の指がインターホンを押し潰していたのだ。  これでは注文せざるをえなくなった。 「ほら腹へってんじゃーん」すかさずうざったい声が飛んでくる。  このやろう。すぐさま羞恥は苛立ちへと変換された。睨むように顔を上げて――言うはずだった文句はすっかり喉奥に溶けた。 「めちゃくちゃ悩む予定だから先に頼んじゃってよ。待ってられると気使うし、ほらおれってすんごい気遣い屋だから」  向けられたのは大人の眼差しだった。  こういう側面を見ると、そういやと思いだす。こいつ俺より歳上だったんだっけ。  苛立ちは疑問によって押し流されていく。順人はスマートフォンを見下ろす。新着の通知はゼロだった。連絡ぐらいは入れろよ。そうは思っても、遅刻についてはスルーだ。  何せ、十和子にかんしてもいつものことだった。  どうせまたドジったに違いない。  完璧な旅の支度をしても、飛行機のチケット予約で一ヶ月ずれるのが十和子だ。彼女のドジっぷりは身に染みている。腐れ縁なのだ。巻き込まれた回数は数え切れない。年齢が二桁になる前に、十和子のやらかし具合は順人の記憶と身体に叩き込まれている。  十和子のほうが二つ歳上だが、順人としては手のかかる妹という認識だった。  一方、十和子は十和子で、順人は手のかかる弟という認識であった。盛大にすれ違っている。噛み合ってないことには二人とも気付いていない。  察しているのは居候だけだったりする。
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