惑()星

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「そういやさ」  思えば、前々から気にはなっていた。 「なんでいっつも電話でないんだよ?」  そういえば、森川しのぶにそのことを指摘したことはなかったなと。  しのぶはときおりスマートフォンを片手に、操作する指が止まることがある。  ちらりと様子を窺ってみると、妙な表情で画面を見下ろしているのだ。  じゃあ具体的にどんな顔なのか。  そう問われると、順人は言葉をためらってしまう。どうにか脳をしぼって、あるかぎりの己の語彙を捻り出して。結果、瘡蓋を見つめるときのような目、と答える。  何とももごついた口調で。順人自身もしっくりこない回答だった。正答ではないと思う。  いざ説明しようとするには、それくらい、いろんなものが混ざりあっている顔だった。  嬉しそうでも嫌そうでもなく、少し困ったふうにも見える。そういう、なんとも形容しがたい眼差しだった。  瞳の奥にはいったい何があるのか。  それを掬いとるのはあまりにも難しすぎた。そもそも、他人の表情だけですべてを知ろうとすることなんて不可能だった。  出ないならばさっさと切ればいい。  だというのに、なぜだか着信を拒否することもなく。しのぶはそのまま鳴り止むのを律儀に待ち続けていた。  いつまでも、飽きることなく、毎度、いつも。  順人が見ているかぎりでは、彼が電話に出たことはない。  その光景はわりと頻繁に目についた。  そのたびに「なんで出ないんだこいつ」と不思議に思ってはいたのだが、そういう些細な疑問というやつは、たいていまばたきしている間に意識から遠ざかっていく。  そういうわけで、確認しようと思いいたることはなかった。  まあ気分じゃないんだろうな、と。順人はそう勝手に結論づけて、本人に訊ねることもなかった。  いちいち指摘するほどのことではなかったし、そこまで興味があったというわけでもない。しのぶに電話をかけたことがなければ、今後かける予定も、まあないだろうから害もなかった。  一から十までメッセージアプリでこと足りる。  そもそも相手は居候。  しのぶが外出することも稀で何か用があれば直接いうほうがはやい。何よりも、聞くようなタイミングもきっかけもなかった――のだが。  ちょうどよく、目の前に揃ってしまったのである。  おあつらえ向きのタイミングと状況が。ご丁寧にも。
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