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閑話休題。
ひまつぶしがてらメニューを一通り眺めていたところで、順人は思い出したのである。
そういえば、と。
別に深く考えているわけじゃなかった。意識の半分はメニューのほうへとさかれていた。そういうふやけた意識のまま、疑問はするりと口をついて出た。そして冒頭へと戻る。
やたらとカラフルな文字。鮮やかな写真。
実際のボリュームよりかまあまあ誇張されてるけどな、とか冷めた思考でメニューを流し見ながら。
「嫌いな相手とか? あーもしくは電話すんのが嫌いとか?」
つぶやきは思いのほか響いた。店内の客足はまばらだ。微妙な時間帯のせいだろう。
時計の短針は三と四に挟まれている。
ランチにしては太陽が元気すぎるし、ディナーにしては月の姿はまだ見当たらない。
にしても遅えなあいつと頬杖をついたところで、ようやく返答。
「おーよく見てんね」
「勝手に視界に入ってくんだよ。見られたくないならちゃんと携帯してろ」
こっちだって見たくて見ているわけじゃない。
家の中でところかまわず無造作に放置されてあるせいだった。無意識なのか。はたまた、とぼけているのか。
返ってくるのは、そうだっけと何とも軽い声。
どの面で言ってやがるのだろうか。顔は見えなかった。お互いにメニュー表を眺めながらの会話だった。
「……んーまあどっちも?」
どっちも。
『嫌いな相手とか? あーもしくは電話すんのが嫌いとか?』
一瞬、順人は口を閉じた。無意識に眉間に皺が刻まれた。見つめていたメニュー表を下げて、そろりと視線を正面へと移す。しのぶの顔はメニュー表に遮られている。せいぜい黒い頭部しか見えなかった。
なんだ? いま、何か。
かすかな違和感があった。小骨が喉に触れるような。
どこか引っかかりをおぼえた。瞳を覗きこもうとして、それより先にテーブルに置かれたスマートフォンが光った。
順人のではない。彼の四角い携帯はズボンのポケットのなかだ。
画面は暗い。見えづらいが恐らく、着信画面だろう。着信音は鳴っていない。しのぶのスマートフォンはいつだって静かだ。持ち主とは違って、お行儀よく無音のまま光り続けている。
電話相手はずいぶんと気が長いようで、何コール目かも分からなかった。
しのぶはちらりと一瞥したあと、画面をくるりとひっくり返した。様子は特に変わらない。
変わらない、のだけど。落ち着かない色が見え隠れした気がした。
「……ふうん、あっそお」
「なんだよ。聞いてきたわりには興味なさげじゃん」
「別にねえよ、興味」
少し意外ではあっただけだ。連絡はまめにするタイプだと思っていたから。
そう言いかけて、はたと止まる。
いや待てよ。そうでもないかもしれない。
順人は思い返してみた。そういえば、ときどき用事があってしのぶにメッセージを送っても、返信にタイムログがあった。
だいたい、というか必ず。時差で返ってくる。
なんだ、こいつ。
「報連相できないタイプかよ」
「ごめんごめん、いやあめんどくさ……んんッ忙しくって」
「おい」
いつも部屋でぐうたらしてる奴は誰だ。
順人の瞳に呆れが宿る。
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