消しゴム泥棒とハッピーエンド

1/4
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 その日の放課後、僕は白石さんの消しゴムを盗もうとタイミングをうかがっていた。  夏の強い日差しが窓から射し込む七月の教室で、白石さんは吹奏楽部の練習に向かうために、他のクラスメートと話しながら教科書とペンケースを机の中にしまっている。  その様子を遠く離れた自分の席から息を殺して、じーっと見つめていた僕は小さくガッツポーズした。隣の席の田中が声を掛けて来たが、視線だけは白石さんから動かさない。すると訝し気に田中が低い声で尋ねた。 「烏田丸(からすだまる)。お前、気分でも悪いのか?」 「何で?」 「眉間にしわが寄ってるぞ?」  僕はそのとき初めて田中に視線を向けた。 「今大事なところだからな」 「何の?」 「高校生活の」 「俺達、まだ二年だぞ? それに烏田丸、全然勉強してないじゃん」 「田中。人生っていうのは奇跡の連続なんだよ。その最初の奇跡を僕は今起こしたいんだ」 「烏田丸、何言ってんのかわかんねーぞ?」 「お前はまだお子様だからな。いつかわかるときが来るさ。僕の今のディープな心模様がな!」  田中は「こいつ、いよいよおかしくなった」と言いながら、バスケ部の練習のために体育館へと向かった。  白石さんは僕のクラスで余り目立つ存在ではない。だけど、肩で切りそろえた艶やかな黒髪は上品だったし、透き通るような肌の整った顔は清純そのものだ。スタイルが良くて、本人がそのことを面倒くさそうにしているらしいところとかも僕のツボだった。  そんな白石さんがあまり目立たないのは基本静かな人だからだ。いつも窓際の席で流れる雲をアンニュイな表情で眺めていている。他のクラスの女子がキャーキャー騒いでいるときも、白石さんはただ静かに微笑んでいるだけだった。普通に会話もするのだが、いつも落ち着いている。  当然、男子の中には白石さん推しの生徒が結構いたが、皆遠巻きにしているだけだった。白石さんを前にすると、あの柔道部エースの黒木田ですら、大人しくなってしまう。……そう。白石さんにはどこか大人の女性の雰囲気があった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!