消しゴム泥棒とハッピーエンド

2/4
前へ
/4ページ
次へ
 密かにに白石さんに片思いをしている僕が耳よりな情報をゲットしたのは、一週間前のことだ。 「白石さん、自分の消しゴムに好きな男子の名前書いてあるらしいぜ。それを消しゴムのカバーで隠してるって」 「マジか!? 嘘じゃないだろうな!」  田中は情報料として僕からゲットした購買のチーズドッグを牛みたいにモサモサ食いながら低い声で答えた。 「ホントらしいぞ。好きな男子の名前が長いから、白石さんの消しゴムがでかいってうわさだ」  僕は田中の言葉に興奮して頭がおかしくなりそうだった。  僕の名前は烏田丸敬一郎(からすだまるけいいちろう)。漢字でも、平仮名でもクラスで一番長い名前だ。  しかし、僕は誰にも白石さんのことが好き、と言っていない。白石さんへの熱い想いは自分の胸だけに秘めておくのが僕の恋の流儀だ。このときも、そんな雰囲気を微塵も田中に感じさせず冷静に言った。 「なるほどな。それであんなビッグでワイドなイレーザーっていうわけか」 「烏田丸、大丈夫か?」 「何の話だ? 僕は単にクラスのジェネラルな情報を吟味しているだけだが?」 「お前、鼻血出てるぞ」  ワイシャツまで滴っている鼻血に慌てふためいている僕に「まあ、がんばれよ」と言い残して田中はチーズドッグをモサモサしながら立ち去った。  その日から一週間、僕はずっと白石さんの消しゴムを盗むチャンスをうかがっていた。泥棒は犯罪だ。もちろん良くない。しかし、そもそも「恋は罪悪」と、かの夏目漱石も言っている。もう罪悪を侵しているのだから、消しゴムぐらい盗んでも罪の重さはあんまり変わらないのだ。  もし、僕のこの理屈がおかしいと感じるなら、その人物は恋をしたことがないに違いない。要するに田中と同じお子様というわけだ。  人に見られずに白石さんの消しゴムを手に入れられるときというと、放課後、彼女が吹奏楽部の練習に行っている間しかない。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加