消しゴム泥棒とハッピーエンド

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 僕はもう一度周囲を見回してから、深く息を吸って、それを吐き切ると一気に白石さんの机の中に手を突っ込んだ。すぐにペンケースを探り出せた。それを持って脱兎のごとく自分の机まで戻る。震える指でペンケースを開いて大きな消しゴムを取り出した。特大のMONO消しゴムだ。白石さんらしく、チャラチャラもキャピキャピもしていない。  ゴクリと生唾を飲むと僕は消しゴムカバーをプルプルする指先で、ゆっくりとずらした。  烏田丸君、私のこと好きなんだ?  僕がその文にギョッとしたとき、背後に気配を感じた。振り返ると、白石さんが立っていた。脳みそがミックスジュース状態で、もうどうしたら良いかわからなかった。それでとりあえず、鼻血が出ていないかと、制服のズボンのチャックが開いていないかを確認した。  しかし、本当に驚いたのはその後だった。白石さんはワッと泣き出すと、僕の胸にすがり付いたのだ。あのいつも大人びて落ち着いた白石さんが……。彼女が涙を流す姿を僕は茫然と見つめた。  そのまま白石さんを抱きしめることもできずに、ただ全身を硬直させて立ちすくんでいた。頭の中がしっちゃかめっちゃかの僕の胸で白石さんは十分くらい泣き続けた。そうして、不意に顔を上げると、一歩離れてニコッと笑った。涙に濡れたとても美しい笑顔だった。 「急にゴメンね。実は私、今学期で転校するんだ」  度重なるショックで頭が真空状態になった僕がポカンと口を開けていると、白石さんは寂しげに微笑んだ。 「……外国なんて行きたくないよ。ずっと皆と一緒にいて卒業したかった」  そうして、少し遠い目でニコッと笑った。いつもの白井さんの大人びた笑顔だった。 「烏田丸君の秘密、盗んじゃったね。ゴメン。……じゃあ」  白石さんはくるりと背を向けると、そのまま教室から立ち去った。  僕は一人取り残された教室で、握り締めていた白石さんの消しゴムを机の上にそっと置く。 「白石さん。君も僕のことが好きなのか……?」  だが、もちろん消しゴムは返事なんてしない。しばらく沈黙した後、自然と口からポロリと言葉がこぼれた。 「……僕なんかじゃ白石さんから何も盗むことなんてできなかったんだな」  何だか急に悔しくなって机に置いた白石さんの消しゴムを制服のズボンのポケットに突っ込んだ。そうして、自分のカバンを手にすると教室を後にした。  正門に向かって体育館の前を横切ろうとしたとき、僕はバスケ部の田中と鉢合わせた。低い声で田中が尋ねる。 「烏田丸、大丈夫か?」 「何の話だ? 僕は単に一日のタスクを終えて下校しようとしているだけだが?」 「お前……」 「わかってるよ! 泣きながら鼻水流してるんだろ!」  そのとき、吹奏楽部の練習する音が音楽室から流れて来た。田中と二人で思わず天を仰ぐ。 途切れ途切れに夏風に乗って聞こえて来たのは失恋がテーマの名曲、バックナンバーの『ハッピーエンド』だった。                                   <(Happy)End>
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