タンカーの下から

2/6
前へ
/6ページ
次へ
 アメーバーにもう片方の手も差し出してやると、どちらが前かは分からないがおそらく向き合って両手を繋いでいるのだろうなという状態になった。そのまま、水の中でくるくる回ってダンスをしてあげると、魂は足を取り戻し、首無しのマネキンみたいになった。胸のあたりに目を合わせてやると、そこに二つの空洞が開いた。瞳のつもりなのだろう。ずっと覗き込んだまま回り続けていると、空洞の中に緑の瞳が生まれた。  やさしいひとだ、と思った。 「場所……それは誰かがいる場所でも良いんですか」 「人を探すことは出来ませんが、その人がいそうな場所になら連れていけます」  そう答えてダンスを止める。両手を握りしめあったまま、魂はしばらく考えていた。  考えているうちにマネキンの首の上に頭が生えて、顔はそちらに移動した。体の線はゆるんで、身長が少し縮む。中年男性らしい体つきと顔が出来上がった。 「妻と、当時7歳だった娘が、先に行っているはずなんです。会えるなら会いたいという気持ちになってきました」 「彼女たちもきっと、行きたい場所を選んで行っているはずですよ。心当たりはありませんか」  男の魂は私の手から離れ、私の周りを漂い始めた。  頭の上にイワシの群れが横切っていって、銀色の腹がパレードみたいに連なっている。それを見上げた男が、「これです!」と叫んだ。 「ぼくたちは家族旅行で一度ディズニーランドに行ったんです。ぼくは疲れるばっかりだったけど、妻と娘は楽しそうにしていた。二人が行きたいというなら、あそこじゃないでしょうか」 「お城があって、花火が打ち上がって、パレードのあるあそこですか」 「そうです! 園内にポップコーンが売っていて、みんなキャラクターの耳をつけていて、着ぐるみと写真をとるために並ぶあそこです!」 「なるほど、私はそちらに多くの方を案内してきました。会えると良いですね」 「ああやっぱりみんな行きたがるんだ! そこです、すぐに連れて行ってください」  私はもはや男の手は取らなかった。尾びれを動かし体を水平にすると、ついてくるよう目線で合図をおくり、その場所へと猛スピードで進み始めた。男が必死でついてくるのが見えるので、ぎりぎりで見失わないよう時折スピードを落としてやる。そうしているうちにどんどんと男は水の中を飛ぶ動きに慣れて。すっかりと肉と重力を忘れていく。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加