タンカーの下から

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 別に私は死神ではないから、魂が離れればよいと思っているわけではない。事故の魂は連れて行くまえに随分とごねるし、助かるなら助かった方がいい。  埠頭に人影はなくて、海の110番こと118番に通報されたかどうかは分からない。  海上保安庁の仕事を見るのは嫌いじゃない。  助かるにせよ、助からないにせよ、肉体をきちんと回収する誠意がいい。でもその誠意に辛くなることもあるから、嫌いじゃないけど目をそらすこともある。私はまだ人魚に、空想上の生き物になりきれていないんだとその時に思う。いっそイルカの姿にしてもらったままの方が、思い出が顔を出すことも無くなるのかもしれない。  男は一人で夜釣りに出ていたらしく、結局海保は来ず、肉体は波に揉まれて物理法則のままに揺れるのみになった。  ああこれから、面倒な仕事が始まる。男の魂はまだ自分のウインドブレーカーにまとわりついたままでいて、手足をばたつかせて泳ごうとしている。 「ライフジャケットも無しに夜釣りですか」  水面から肩を出して話しかけると、男は私にしがみつこうとした。嫌だ。反射的に尾びれを縦に動かして水中を滑ると、2メートルほど後ろに下がってしまった。 「助けて! 溺れそうなんだ!」 「もう溺れきっています」 「だから助けてって!」 「あなたの肉体は、いずれ回収されるでしょう。私はあなたの魂を連れに来たんです。それを助けと思ってくれますか?」  1メートルのところまで近寄って話しかけるが、男の魂はまだばしゃばしゃとやっていた。 「ふざけてないで助けろって! 本当にもう溺れる!」  怒りだした男の魂は頑固で、男の形を保ったまま沈んだり浮かんだりと波に揉まれる動きを止めない。水が口に入ってもこぶこぶしないことに自力で気付いて欲しいものだが、気付きそうもないので強硬手段に出ることにした。  海中に潜り、男の魂の脚を思い切り引っ張って引きずりこんでやったのだ。  当然男は驚いて怒るのだけど、私の姿を見て、「なにそれ」と動きを止める。  そしてその「なにそれ」がきちんと水中で発語されて、泡すら出ないことにショックを受けたようで、「なにそれ」以降の言葉を失った。 「分かりました? 早くそのウインドブレーカーから手を離して、私の手をとってください」
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