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「え、なんか落ちてきたんですけど……」
空から金髪イケメンが落ちてきた。
ダストボックスの中に。
もう、厄介の種という予感しかしない……。
どうせなら、野菜の種が落ちてきなさいよ……。
朝早くから農作業で汗を流していた私が空を見上げると、黒紫色にうごめく渦があった。
最初は3メートルぐらいありそうだった渦が徐々にしぼみ、やがて消えた。
……あの渦から、この男が落ちてきた?
辺りは長閑な蝉の鳴き声と鳥のチュンチュンというさえずりに包まれる。
周囲を見回すも、田舎町の農場には誰もいない。陽炎がゆらめき、遠くに薄く山が見えるだけ。
実に平和な光景だけど……。
「あの……あなた、大丈夫?」
ダストボックスに落ちてきた金髪イケメンは、ひどく汚れていた。
全身血まみれで、抱えている剣や蒼い全身鎧はひび割れている。
さらには異臭がすごい。鉄臭い血や汗、生ごみ、抜根した土、肥料袋や畑にされた猫や野生動物の糞が混じった悪臭だ。
「……臭いものには蓋っていうわよね」
パタンと蓋を閉め、見なかったことにした。
このまま一般廃棄物として持っていってもらおう。うん、それがいい。
『ーー待て、貴様に人としての心はないのか⁉︎ クッサ!』
「生きてたの⁉︎ うわ、ヤバ……!」
慌てて蓋を開ける。
やっぱり、尊い人命は助けないとよね!
「大丈夫ですか⁉︎ ああ、ひどい血と悪臭!」
「娘、なぜ一度蓋を閉めた!……オイ、俺が傷つくからつまんでいる鼻を離せ‼︎」
チョー断る。
「『臭いものには蓋をしろ』って諺があると、おっかぁが言ってましたから……」
「臭いのは俺じゃなくて、このゴミのせいだろう⁉︎」
「いや、『事件臭いものには蓋をしろ』って諺があるって、おっかぁが言ってたから……」
「そっちか⁉︎ クソ……なんてことだ」
「あ、そのクソは野良猫のですね」
「そんなこと聞いてない! この俺をなんてところに入れてくれる⁉︎」
「勝手に入ってきたので、お好きなのかと……」
「ゴミ捨て場で寝るのが好きな勇者とはなんだ⁉︎」
「……え、勇者?」
「そう、俺は勇者だ。……異世界で魔王と戦っていたが、恥ずかしながらヤツの次元魔法によって転移させられてーー」
なんか長々と語り始めた。
苦労話を延々としているけど……。
ーーパタン。
パカ。
「ーーだからなぜ閉める!」
「『自分語りを勝手にするクソ男は、ゴミ箱にぶち込んで蓋をしろ』って、おっかぁが……」
「また母親か! ろくなことを教えん親だな、それは娘も人でなしになるはずだ‼︎」
その言葉にカッとなった私はーー足でダストボックスをドンっと蹴り、蓋をバンっと閉めた。
怒りに震えながら、農作業に戻ろうと背を向けるとーー。
「……いや、失礼した。親のことをバカにするのは、よくなかった」
自力で蓋を開けたのか、私の背からそんな声が聞こえた。
ーーイケメンなら、なんでも許されると思うなよ……。
一言文句を言うため、バッと振り返りーー。
「親の悪口はいくらでも言っていい! 私の悪口を言うな‼︎」
「え、そっち⁉︎ マジで生ゴミみたいな女だな!」
自分が大好きで何が悪い。
私の中では、私が一番だ!
「今、まさに生ゴミ状態のアンタに言われたくないわよ!」
「誰が生ゴミだ! ここに落とされてきたのは不運だ!」
「……糞?」
「不運だ! そもそも、勇者に向かって村娘ごときがなんだその口の聴き方は!」
コイツ……上から目線でウザい‼︎
「はぁ⁉︎ なにが勇者よ! 住所不定無職が人様の家に上がり込んで壺割ったり、タンスを勝手に開けるような窃盗犯のくせに!」
「お、俺はそんな事をしていない! なんだそれは⁉︎」
「じゃああんたは、家庭に稼ぎ入れた事あんの⁉︎ どうせどっかのヤツらみたいに修行に明け暮れてめちゃくちゃ喰って闘うだけで、なんも稼いでなかったんでしょ⁉︎」
「い、いや……俺は王侯貴族から報酬をもらって……」
「……へぇ、じゃあお金持ちなの?」
「いや……。装備と道具に金を使ってしまい……」
「……」
「……はは」
ーーパタン。
「オイ、だから蓋を閉めるな!」
「働かないで好き勝手してる癖に、真面目な労働者を見下す奴なんか、生ゴミでいいの!」
ろくでもない男を見ないよう蓋をしたのに、また自分でパカっと蓋を開けて出てきた。
落ちてきた厄介の種がしぶとい……!
ただでさえこっちは、不作になりそうでヤバいのに‼︎
「お、俺だって労働ぐらいできる!」
「はぁ〜⁉︎ 働いたことないやつに限って、そういう世間をなめた口聞くのよね! ヤダヤダ!」
「ふ、ふざけるな! ならば、俺が働けるところを見せてやる‼︎」
ダストボックスから這い出てきた男が、ついたゴミを手でパンパン払いながら言い放った。
それを見て、私はーー。
「とりあえず、手で落としたゴミはボックスに戻してくれる? はい、ホウキと塵取り」
「あ、はい……。なんか、すいません」
このクズイケメンに、農業なんて出来るのかしら……。
農作業を舐めてもらっちゃ困るのよね……。
「ーーここが、そなたの農場か。……作物にも土にも元気がないな」
「日照り続きで、水が足りないのよ。肥料も価格が高騰してるし……。ヤバいのよ、マジで……このままじゃ、今年が越せない……!」
固定資産税やら農耕機のローンやらで引かれていく金額がバカにならない……!
本気で借金重ねる事になるか、ダブルワークも考えなきゃ……。
「ふむ、要は土の質が改善されて雨が降ればいいんだな?」
「そうなんだけど、もうずっと雨降らないし……。土が痩せてるのよ」
「ーークリエイトアース‼︎」
「……は?」
イケメンが剣を土に突き立て、痛々しい言葉を声高らかに叫ぶとーー。
農場全体の土がうごめき、明らかに土の質が変わった。
「ふむ。おそらく、こんな感じの土が作物には良いのだろう」
「……今の、あんたがやったの⁉︎」
「ああ、上級魔法で広い農場の土を操った。この剣は、冥界の神が作ったといわれる魔剣ディスガイアだからな! 簡単なものだ」
「なに、この壌土は……。うわ、こねたら棒状になった! ザラザラだったのに……」
ディスガイアさん、深々とガイアに刺されてるけど……。
冥界の神様やら魔剣も、こんな使われ方すると思ってなかっただろうなぁ……。
「ちなみに、こんなことも出来るぞ?ーーコントロールウェザー‼︎」
「……え?」
「……ふむ。これぐらい雨が降れば十分か?」
自称勇者(住所不定無職)が痛々しい言葉を叫びながら剣を天に掲げるとーー急に雨雲がやってきて、土砂降りの雨になった。
私がビチャビチャで、水も滴るいい女になっちゃったけど……。
そんなことは水に流せる。
聡明な私は閃いた。
コイツ……使える‼︎
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