僕は月に帰ります

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僕は月に帰ります

窓から差し込む月明かりがベッドを照らしているのを感じて、僕はふと窓を仰ぎ見た。窓越しに大きな少し欠けた月が見える。 この世界の月は地球から見えるものよりもかなり大きく見えた。しかもオレンジというか橙色だ。多分そのせいで、月明かりも何だか禍々しく感じる。 少し怖い気持ちになった僕は、寝返りを打った。僕よりも体温の高いウィルの身体は、僕の動きに合わせてそっと抱き寄せてくれる。 「…目が覚めたのか?」 僕は身じろぎしてウィルの胸元に顔を押しつけてささやいた。 「ううん。…眠ってる。」 頭の上でクスッと笑ったウィルの甘い吐息が、僕を幸せにする。朝方に自分のベッドへ帰るのが常の僕らは、まだ夜の時間である事にホッとするんだ。 夕食を食べて早々に籠った僕らは、気怠くもうっとりする様な甘い微睡みに二人して囚われて、月明かりの下、肌を寄せ合って眠っている。僕は急に泣きたい様な、胸を締め付ける気持ちになって鼻をすすった。 「…ハル?」 ウィルの心配そうな声に、僕は目を閉じたままウィルの首筋に優しくキスして言った。 「僕ね、今すごい幸せだなって思ったんだ。それで感傷的になっただけ。最近、自分でも混乱するほどの出来事が続いてたんだけど、それも全部ウィルに出会うためだったのかなって。 そう思ったら、幸せで泣けてきた。はは、これって月明かりのせいかもね。…僕の国では月には不思議な力があって、満月になると地上に降りてしまった姫を迎えに来るっておとぎ話もあるほどなんだよ。 僕も、もしかしたら、お迎えが来て消えてしまうかも…。なんてね。」 ウィルは僕をぎゅっと抱きしめて、僕に呼びかけた。 「ハル、私を見て。…ハルはここに居る。私の腕の中に。消えることなんて出来ないよ。…それは私が許さない。」 真っ直ぐに僕を見つめる緑色の瞳はキラリと光って、僕をますます悲しくさせた。もし、僕がフォルに変わってしまったら、どんなにウィルを悲しませるだろうって。 僕は立ち上がると、窓枠の隙間から祖父の形見のネックレスを取り出すと、起き上がったウィルに渡した。ウィルは手の中のネックレスをまじまじと見つめて僕を見上げた。 「それ、ウィルに持っていて欲しいんだ。もし僕が月に連れて行かれても、ウィルがそれを持っていてくれたら必ず戻ってこれる気がするから。僕が戻って来たいのは貴方の側だから。」 僕はそう言って、眉間に皺を寄せるウィルに恭しいキスをした。僕がなぜこんな事を言ってしまったのか、僕はそれから直ぐにでも知ることになったんだ。
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